




こういう人は話の中身が分かっていないわけではありません。
中身より先に、人の言うことを聞くと自分が下になったように感じてしまうのです。
頭で考えているのではなく、そう感じて、その感覚に抗っています。
その人は、自分の考えを高く、相手の考えを低く見積もっています。
そして人との関係を、勝つか負けるか、0か100かの対立で見ています。だから言われた通りにすることが、そのまま「負け」に感じられます。
正しさで言い負かそうとするほど、その人は負けまいとして押し通します。
教える側がやることは、勝ち負けの話から先に降りることです。そして「これってこういうことなんだよ」と仕組みを見せ、そのまま行った先と変えた先を並べて、本人に選んでもらいます。
この記事では、新人が言うことを聞かない理由を「言うことを聞く=自分が下になる」と感じてしまう心の動きから説明し、言い負かさず褒めて立てもしない返し方と、先を並べて本人に選んでもらう方法を紹介します。
言うことを聞くと「下になる」と感じる人

なんで言うたことを素直に聞かれへんねん!

言われた通りにしたら、負けた気がするんですよ…。

それなら、勝ち負けの話から先に降りてもらいましょう!
同じ一言が違う話に聞こえている
教える側はやり方の話をしています。
「この角度の方が、溶け込みが安定する」。中身はそれだけです。
ところが聞く側は、その一言で「自分が下にされた」と感じています。中身が耳に入る前に、その感覚が先に来ます。
同じ一言なのに、2人は別の話をしているのです。

言われた通りにする=負けになる流れ
この人の中では、次の順番で気持ちが動いています。
- 人の言う通りにする
- 自分が相手より下になったように感じる
- 下になる=劣っている・負けている、と感じる
- 自尊心が傷つき、自分には価値がないような気がしてくる
- 自分を守るために、言うことを聞かない・自分の考えを押し通す・相手を攻撃する
本人はこれを頭で考えて選んでいるわけではありません。なぜ自分が人との関係を勝ち負けで見てしまうのかも、分かっていません。
それが自分の損になる、ということもまだ知らないのです。

自信満々に見える人ほど自信は揺れやすい
「自信があるから、人の言うことを聞かないんだろう」と思うかもしれません。
ところが心理学の研究は少し違う形を示しています。
心理学者のロイ・バウマイスターらは1996年に、攻撃や暴力の研究をまとめ直しました。
そして「自尊心が低い人ほど攻撃的になる」という、それまでの通説は支持されないと結論しています。
攻撃が起きやすいのは、自分をとても高く見ている人が、その自己像に異を唱えられたときです。しかもその高い自己像がふくらんでいて不安定なほど脅かされやすい、としています。
自尊心が強すぎると、間違いや負けを認めにくくなり、原因を相手の不当さに求めることがあります。日本語版ウィキペディアの「自尊心」の項目にも、そう書かれています。
研究の中心は暴力や犯罪の話です。ただ同じ仕組みが現場の小さな反発にも出ている、と私は見ています。
私の肌感覚では、こういう人は実は自分に自信がありません。
自信がないからこそ声を大きくしたり自分を大きく見せたりします。
そして論理で相手を納得させるのではなく、威圧して言うことを聞かせる方を選びやすいのです。

「下になりたくない」は人の本性に近い
作家の橘玲さんの『バカと無知』(新潮新書)は、この「下になりたくない」という感じ方を、人の本性の側から書いています。
第2章の題は「自分より優れた者は『損失』、劣った者は『報酬』」です。
著者は本の紹介でこう書いています。
ステイタスは相対的なものなので、誰かの地位が上がれば、別の誰かの地位が下がります。
人は長い歴史の中で、地位が上がることを報酬に、下がることを罰に感じるようになった、という話です。
言う通りにする=相手が上がって自分が下がる。
そう感じてしまう人がいるのは特別なことではありません。
だからこそ、教える側はその感じ方を知った上で伝え方を変える必要があります。
教えた答えの方を低く見積もって、別のやり方を探しに行く人の話は「なぜ新人は教えた通りにやらないのか?もっといい方法を探す人に現場で理由を渡す方法」で書いています。
正論で言い聞かせるほど押し通される

理屈はちゃんと説明したんや!分からんはずがないやろ!

正しいのは分かってます…でも、聞きたくないんですよ!

正しさで勝とうとするほど、相手は負けまいとします。
周りがいくら正論を言っても変わらない
班長になった若手が「権限をもらったのだから、自分の考えで周りを従わせていい」と思い込むことがあります。
周りが「そのやり方はまずいですよ…」と言っても聞きません。
ここで周りがいくら正論を言っても考えは変わりません。
なぜなら、周りの言うことに従うこと自体が、その人には自尊心が下がることだからです。そこは周りからはコントロールできません。
命令されると人は自由を取り戻そうとする
心理学者のジャック・ブレームは1966年に「心理的リアクタンス」を唱えました。
自分の行動や選ぶ自由を脅かされたと感じると、人はそれを取り戻そうとして反発する、という考え方です。
命令する言い方ほど反発と怒りが増える、という研究のまとめもあります。
正論は中身が正しいほど逃げ道がありません。だから聞く側には「選ぶ自由を取られた」と感じられやすいのです。

ただし「選ばせれば必ず聞く」とまでは研究も言っていません。効果の強さはまだはっきりしていないところがあります。
教わる場面そのものを勝負にしてしまう
以前の記事で「どちらのやり方が正しいか」の勝負に持ち込むと、相手は負けないための理由を探し始めると書きました。
これは誰にでも起きることです。
この話は「自分のやり方にこだわる人を説得しようとして疲れてしまうリーダーへ」で詳しく書いています。
今回の人はその一歩手前にいます。
教わる場面そのものを、最初から勝負にしてしまうのです。
だから教える側が勝負に乗った時点で話は終わります。
褒めて立てても「聞く=負け」は消えない

じゃあ、その人のプライドを立てて褒めておけばいいんですか?

立てるのでも叩くのでもありません。仕組みを見せましょう!
褒めて自尊心を上げても行動は変わりにくい
プライドが高い人の扱い方を調べると、ほとんどが「プライドを傷つけない」「まず褒める」と書いています。
褒めること自体は悪いことではありません。
ただバウマイスターらは2003年に、自尊心を高めれば成績や人付き合いが良くなるのかを、研究を集めて調べています。
答えは「良くなるという証拠は乏しい」でした。
褒めて立てるとその場は丸く収まります。ただ「言う通りにする=負け」という受け取り方はそのまま残ります。
次に何かを言ったとき、また同じことが起きます。
「お前は間違っとる」ではなく「こういうことなんだよ」
私はこういう人に「お前は間違っとる!」とは言いません。
言えばまさに勝ち負けの話になるからです。





代わりに「これってこういうことなんだよ」と、仕組みを教えます。
その人には、こう問いかけます。
- 人と対立して、何か得なことがありますか?
- 本当の敵ならまだしも、みんなを敵に回してどうするんですか?
- 周りは敵ではありません。自分を高めてくれる元手です
対立して押し通しても、周りはその人のために動いてはくれません。
それはその人にとって、ただの損です。
3つの返し方を比べる
| 返し方 | 相手に起きること | 残るもの |
|---|---|---|
| 言い負かす | 負けまいとして押し通す | 対立 |
| 褒めて立てる | その場は収まる | 聞く=負け |
| 仕組みを見せる | 自分の損に気づく | 選ぶ材料 |
言い負かすのも褒めて立てるのも、勝ち負けの土俵の上での話です。
仕組みを見せるのは、土俵から降りた話です。
手順の前に物差しを整える
こういう人には手順を教えるより先にやることがあります。
- なぜ自分は人を攻撃してしまうのか
- なぜ言われた通りにすると負けた気がするのか
その理由に本人が気づけるようにすることです。
技術の前に心のあり方と判断の物差しを整える。そのうえでやり方を教えます。
先を並べて選ぶのは本人

本人に選ばせる?甘いわ!聞かんやつは外したらええねん!

選ばせるのは、先の現実を見せてからです。甘くはありません!
押し通した先と変えた先を並べる
私は2つの道の先を具体的に並べて見せます。
自分を押し通し続けた先
- トラブルを起こす人として扱われる
- 給料は上がらない
- 最後は、誰にも紹介してもらえなくなる
基準を守って腕を上げた先
- 技術が上がる
- 仕事ぶりを信頼される
- いろんな所から声がかかり、仕事に困らなくなる
そのうえで「あなたはどっちを目指しますか?」と聞きます。
ルールを守らない人には、守らせるための手間がかかります。
会社はそこも見ています。押し通して給料が上がるはずがありません。
ここまで見せてから選んでもらうのは甘いことではありません。

人は自分で選びたい
心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンの「自己決定理論」では、人には自分の行動を自分で選びたい欲求(自律性)がある、とされています。
言われてやるのと自分で選んでやるのとでは、続き方が違います。
ただし、信頼できる人に決めてもらったときの方がやる気が高かった、という研究もあります。アジア系の子どもを調べた、アイエンガーとレッパーの研究です。
だからいきなり「好きに選んで」と放り出すのではありません。信頼と、選ぶための材料を先に渡します。
役割を渡すなら期待を書いて渡す
班長のように役割を渡した人なら、やることがもう1つあります。
その役割に何を期待しているのかを書いて渡すことです。
- この役割で何をしてほしいのか
- なぜそれが必要なのか
- それをやると、周りがどう良くなるのか
書いてあれば、その物差しで「目指している所」と「今の状態」のズレを見せられます。
ズレを見た本人が自分の意思で方向を直す。そのための材料になります。
それでもできなければ役割から降ろします。降ろせる仕組みも先に作っておきます。
そうしないと周りに困る人がどんどん増えるからです。

役割を渡す前に見ておくことは「班長にしてはいけない人の特徴とは?「腕が良いから」で昇格させてはいけない部下の見極め方」で書いています。
放っておくと声の大きい方が通る

もう相手にしないで、放っておけばよくないですか…?

放っておくと、その人の声が班の声になります。
自分につける点は腕のある人もない人も同じぐらい
私が現場で見てきて思うことがあります。
腕のある人とない人では、本当の腕は全然違います。それなのに、自分でつける点はだいたい同じぐらいになります。
そして、腕に比べて自分を高く見ている人の方が声が大きいのです。
腕のある人ほど自分を低く見積もるので、声が小さくなります。
周りは声の大きい方に従ってしまいます。放っておくとその人の考えが班の考えになります。
リーダーの立場の人を任せきりにしない
リーダーのような立場になった人には、見方を教える人が必ずついていないといけません。
「これってこういうふうに見るんやで」と考える材料を渡す人です。
ところが多くの現場では、研修に行かせたらあとは本人任せになっています。
受け流すのではなく材料を渡し続ける人を置く。それが周りを守ることにもなります。
私の原則:勝ち負けで感じる人と勝負しない
私の原則は1つです。
人との関係を勝ち負けで感じている人に、正しさで勝とうとしない。
言うことを聞かない人がいたら、言い負かす前にその人が何を「負け」と感じているかを見ます。
そのうえで仕組みを見せて先を並べ、選ぶのは本人に任せます。
3つの問いで自分の渡し方を確かめる
明日注意したり教えたりしたあとで、次の3つに○か×を付けてみてください。
- 注意するとき、「間違っている」と言わずに、なぜそうなるかの仕組みで話したか
- そのやり方を続けた先と、変えた先を、具体的に並べて見せたか
- 役割を渡すとき、何を期待しているかを書いて渡したか
×が付いた所が、相手が勝ち負けの話に入っていく所です。

……勝負にしとったんは、俺の方やったかもしれんなぁ。

そこに気づけたら、もう半分は降りています。次は、先を並べて見せるところからです。


