教えたはずの動きが、翌日にはもう元へ戻っている。
手順を見せて、やって見せて、本人も「わかりました」とうなずく。その場ではたしかにできている。ところが次の日にもう一度やらせてみると、いつのまにか自分のやりやすい動きに戻っている。
こうなると、つい「素直じゃない」「言うことを聞かない」と考えてしまいます。
ただ、本人の性格や世代の話にしても、教え方は変わりません。見るべきなのは、「わかりました」と言ったところと、実際に体が同じ動きを出せるところの間です。
教える側が先に決めておきたいのは、次の3つです。
- なぜこの動きを練習するのか
- 何を見て「できた」と判断するのか
- どこまで来たら本人の工夫へ進めるのか
「わかりました」と実際にできることは別
返事は、理解の合図にはなります。ただ、再現できる証拠にはなりません。
聞いて納得したところまでは行っていても、体が同じ動きを出せるところまでは届いていないことがある。ここを分けて見ないと、うなずいた時点で「伝わった」と思い込んでしまいます。
私が溶接を教えるときは、口頭の返事や、一回うまくいったことだけで判断しません。見本の動画と、本人が実際に動いている動画を並べて見比べます。
腕の位置、手首の角度、目線。並べてみると、見本とはっきりずれていることがあります。
本人自身も、映像を並べることで初めてそのずれを確認できます。
口で「違う」と言うより、映像を並べたほうが早い。
一回できただけでは、身についたとは判断しません。
翌日もう一度やって、同じ動きが出せるかを見る。
翌日に崩れるなら、まだ手についていない。
返事でも、一回の成功でもなく、次の日の動きで確かめます。
なぜ最初は、決まった動きから始めるのか
本人にとっては、教えた動きより、自分が今までやってきた動きのほうがやりやすい。
教えている横では合わせられても、一人になると元の動きを選んでしまうことがあります。
最初の決まった動きは、自由を奪うための枠ではありません。応用へ進むための土台であり、見本と比べるための基準でもあります。
毎回やり方が違うと、うまくいったときも、外したときも、何が効いて何が悪かったのかが分かりません。まず同じ動きができるからこそ、そこから何を変えたのかが見えるようになります。
この練習の出口は、自由に試すことではありません。
品質と安全を外さずに、現場で任せられるところまで進むことです。ここを先に渡しておかないと、本人には、なぜ今の自分にはやりにくい動きを練習するのかが分からないままです。
自己流で「一応できる」はどこで止まるか
やりにくさを避けて、自分のやりやすい方法でも、時間をかければ一応できるようになることはあります。
だから本人は「自分のやり方でもできている」と思う。ここが、止めにくいところです。
ただ、その「一応できる」は、本人が動ける範囲の中での小さな手直しに閉じやすい。やりにくい姿勢や角度は避けて、安心できる動きの中だけで少しずつ変えている。本人は工夫しているつもりでも、練習してほしい動きの手前で止まっています。
回数を増やしても、繰り返しているのが今までの動きなら、その先へは進みにくい。
ここで「勝手に工夫するな」と止めても、次に何を直せばよいかは伝わりません。
見本の動画と本人の動きを並べて、腕の位置や手首の角度がどこで違うのかを一緒に見る。そのうえで、次に直すところを一つ決めます。
自己流という言葉でまとめるより、違っている動きを本人にも見えるようにしたほうが、練習する場所が分かります。
どこまでできたら、本人の工夫へ進めていいか
いつまでも決まった動きに縛りつけるわけではありません。
進めてよい線を決めておかないと、教える側も手を離すタイミングが分からず、必要以上に同じ動きを求めてしまいます。
目安になるのは、やはり返事ではなく動きです。
翌日も見本と同じ動きが出せる。見本と自分の動きの差を、本人が自分で見つけられる。次に直すところを一つ選んで練習できる。本人が自分で比べて、次の一点を決められるようになれば、動きと結果を結びつけて直す段階へ進めます。
ただし、これを一律の合格ラインにするわけではありません。
何回確かめるか、どこまで同じ動きを求めるかは、作業の危険度や求める品質で変わります。

自分の動きと結果のつながりをたどれるようになれば、そこから先は本人の工夫を受け取れます。
大事なのは、その工夫を認める線を、教える側が先に持っておくことです。
なんとなく「もう慣れたから」で手を離すと、手前のやり方のまま独り立ちしてしまい、あとから直すのが難しくなります。
溶接以外の現場でも
教えた動きが翌日に戻ることは、体で覚える仕事なら溶接に限りません。
組み立てでも、加工でも、機械の操作でも起こります。
作業が変わっても、返事や一回の成功だけで判断せず、翌日の動きを見ることは変わりません。
最初の決まった動きを何のために練習するのかを伝え、本人の工夫へ進める線を教える側が持っておく。新人が自己流へ戻ったときは、本人を責める前に、こちらがそこまで渡せているかを見直します。
曖昧なところがあるなら、まず教える側が言葉にする。新人へもう一度伝えるのは、そのあとです。