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なぜ新人は教えた通りにやらないのか?もっといい方法を探す人に現場で理由を渡す方法

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「このやり方より、こっちの方が早くないですか?」

手順を教え始めて10分しかたっていないのに、新人はもう教えたのとは別のやり方を試しています。

やる気がないわけではありません。むしろ逆で、自分で考えていい方法を見つけようとしています。

ただその「いい方法」の多くは、先輩たちがもう試してうまくいかなかった方法です。

いまのやり方は、何人もの人が試して失敗して磨いてきた答えです。

それを知らないまま「もっといい方法があるはず」と探すのは、作り方の分かっている車輪を、もう一度一から作るのと同じです。

新しいやり方を生み出す人は、先人の答えの上に立ってから考えています。

教える側がやることは、探させる前に、答えと失敗と理由をセットで渡しておくことです。

この記事では、新人が教えた通りにやらない理由と、答え・失敗した例・理由をセットで渡す教え方、新しいやり方が出たときの比べ方を説明します。

「もっといい方法」を探すのは、やる気がある人の癖

ツン太
ツン太

もっといいやり方があるかもしれないじゃないですか!

KAZU
KAZU

あるかもしれません。でもその道は、たいてい誰かがもう通っていますよ。

車輪の作り方はもう分かっている

ソフトウェアの世界には「車輪の再発明」という言葉があります。

すでにある物を知らずに、一から作り直してしまうことです。

現場でも同じことが毎日起きています。

ボルトを締める順番も、溶接の向きも、部品を置く場所も、いまの形になるまでに理由があります。

その理由を知らずに「こっちの方が早い」と変えると、先人がもう通った失敗をもう一度通ることになります。

人はずっと同じ過ちをくり返しています。違うのは、先人の答えを知っているかどうかだけです。

地面で一から車輪を削っている新人と、先人の作った車輪の台車で先へ進むベテラン

自分で考えたい人ほど、教えた答えを疑う

自分で考えて試したい人は習得が速いことが多いです。

遠回りをしても「こうじゃない、ああじゃない」と直していくので、改善のスピードが速いからです。

これまでもそうやって身につけてきて、いまがある人が多いです。

だから教えた答えを低く見積もります。

「これが一番いいやり方です」と言われても、心の中では「ほんまか?」と疑っています。

特に、過去に「こうしろ!」と言われてその通りにしたらうまくいかなかった経験がある人ほど、自分で考えようとします。

しかし、疑うこと自体は悪いことではありません。判断する材料がないから、疑っているのです。

自分で作った物はよく見える

もう一つ、人には自分で作った物を高く見る傾向があります。

ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ノートンらが確かめた「イケア効果」です。

イケアの家具を自分で組み立てた人は、組み立て済みの同じ家具を受け取った人より63%高い金額を払ってもいいと答えました。

研究は家具の話です。ただ現場で人を見てきて、手順でも同じことが起きていると私は見ています。

自分で考えたやり方はそれだけで良く見えて、教えられたやり方はどこか人の物に見えます。

だから「もっといい方法」を探す気持ちは、やる気がある人ほど強く出ます。

必要な失敗はさせる。無駄な失敗はさせない

ツン太
ツン太

でも、自分で失敗した方が身につくって言いますよね?

KAZU
KAZU

必要な失敗なら、その通りです。でも、させないのは無駄な失敗です。

初心者は見本から学ぶ方が早い

教育心理学者のジョン・スウェラーらは、「例題効果」を示しました。

初心者は自分で解き方を探すより、解き方の見本を見てから解く方がよく学べる、という研究です(認知負荷 - Wikipedia)。

一方で、先に自分で考えさせてつまずかせてから教える方が深く身につく、という研究もあります。

教育学者のマヌ・カプールの「生産的失敗」です(日本語の解説=金田茂裕「探究先行の教授学習法」)。

2つはぶつかっていません。カプールの方法でも、考えさせる課題は教える側が選んで用意し、つまずいた後で必ず正しい解き方を教えます。

どこでつまずかせるかを、教える側が決めているのです。

先人がもう通った失敗を本人が知らずにくり返すのとは、そこが違います。

見本を見てから解く道と、用意した課題で考えてつまずいてから正しい解き方を教わる道。どちらも道は教える側が用意する

必要な失敗と無駄な失敗の分け方

私は教えるとき、失敗を2つに分けています。

必要な失敗無駄な失敗
中身理由を知った上で、試してずれる先人が通った失敗を、知らずにくり返す
残るものなぜずれたか時間と材料の無駄
教える側がすること失敗の後に、理由をつなぐ先に失敗の例を見せて、道をふさぐ

必要な失敗はさせていいです。そこからしか分からないことがあります。

そのうえで、教える側の一番大事な仕事は、無駄な失敗をさせないための情報を渡すことです。

「とにかく頑張れ」は学校の発想

ブルさん
ブルさん

若いうちは失敗してなんぼや!とにかく数をこなせ!

ツン太
ツン太

数をこなしても、同じ所でつまずいてるんですけど……。

KAZU
KAZU

頑張った量ではなく、努力の質を見ましょう!

頑張ること自体に意味はない

現場の教育を学校の教育のように思っている人がいます。

とにかく頑張って努力していればいい、という教え方です。

それは違います。

仕事の場は幼い子どもの教育とは違います。ただ頑張ること自体にあまり意味はありません。

させないといけないのは、正しくて質の良い努力です。

車輪の作り直しは、外から見ると頑張っているように見えます。

本人も一生懸命です。だから頑張りを褒める教え方だと、遠回りが止まりません。

「1万時間やれば一流」は研究の読み違い

「1万時間練習すれば、誰でも一流になれる」という話を聞いたことがあるかもしれません。

これは、ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルが、2008年のベストセラーで広めた話です(ライフハッカー・ジャパン)。

元になったのは、心理学者のアンダース・エリクソンの研究です。

ところがエリクソン本人は、自分の研究がゆがめられたとして訂正を求めています。

そもそも1万時間は、トップの人たちが練習に使った時間の平均にすぎません。

エリクソンが言ったのは、量ではなく質のことです。

日本語訳の本『超一流になるのは才能か努力か?』(文藝春秋)では、自分の能力を少しだけ超える負荷をかけ続ける練習を「限界的練習」と呼んでいます。

頑張った量が多くても向きが違うとゴールに着かず、量が少なくても向きが合えば着く

何時間やったかではなく、何を練習しているかを見る

教える側が見るのは、どれだけやったかではありません。何を練習しているかです。

練習の中身の見方は「上達しない原因は努力不足ではない」で詳しく書いています。

先人がもう答えを出した所を一から試し直しているなら、その時間は練習ではなく作り直しです。

「昔からこう」では答えは守られない

ブルさん
ブルさん

つべこべ言わんと、言われた通りにやれ!

ツン太
ツン太

理由も分からないのに、納得できませんよ…。

KAZU
KAZU

その通りです。理由が渡っていない答えは、守られません。

理由が「昔から」だと、新しいやり方に流れる

手順を人に聞いて回ると、理由が出てこない手順があります。

「昔からこうしている」「こうやれと言われた」。それだけです。

そういう手順は、「もっとこうした方がいいんちゃう」に流れて守られなくなります。

でもいまのやり方には、本当は理由があるはずです。

  • 安全のため
  • 後工程の人がやりやすいように
  • 品質を保つため
  • 時間を縮めるため

この理由を引き出して言葉にすると、手順は標準として強くなります。

トヨタの「標準」には、過去の失敗が入っている

製造業で長く使われてきた考え方に、トヨタの「標準」があります。

標準はいま一番いい作業のやり方で、そこには過去の失敗から得た教訓が多く入っています。

標準書には、間違えやすい所や迷いやすい所を「要所」として書きます(東洋経済オンライン)。

つまり、標準は先人の試行錯誤の記録です。

記録を見せずに手順だけを渡すと、新人にはただの「人が決めたやり方」にしか見えません。

答え・失敗・理由をセットで渡す

私は手順を教えるとき、次の3つをセットで渡しています。

  1. うまくいくやり方(答え)
  2. 失敗した例(できるだけ多くのパターン)
  3. なぜそうなるのか(理由)

失敗から見えてくる、うまくいく理由があります。

3つを渡すと、いろんな方向に散っていた考えが狭まります。

その上で、どのやり方を取るかを本人が自分の意思で選べるようになります。

「言われたからやる」のではなく、「理屈が分かったからこれでやる」に変わります。

答え・失敗した例・理由を渡す前は考えが散り、渡した後はゴールの方へ絞られる

工夫はつぶさない。比べ方を渡す

ツン太
ツン太

じゃあ、新しいやり方を考えても無駄ってことですか?

KAZU
KAZU

無駄ではありませんよ。いまのやり方の理由と並べて比べましょう。

新しいやり方は、いまのやり方の理由と並べる

新しいやり方が出てきたら、私はこう比べます。

  1. いまのやり方が、何のためにそうしているかを並べる
  2. 新しいやり方が、その理由を1つでも飛ばしていないかを見る
  3. 飛ばしていたら採らない。飛ばさずにもっと良いなら、採って標準を変える
新しいやり方をいまのやり方の理由と並べ、理由を飛ばしていれば採らず、飛ばさずにもっと良ければ採って標準を変える

理由を知ってから変えるのが改善です。知らずに変えるのは作り直しです。

以前の記事で、「理由が言えるなら、相手のやり方を採る」と書きました。考え方は同じです。

トヨタの標準も、より良いやり方が見つかれば更新していくものです。

どっちでもいい所は若手の案にする

手順の中にはどちらでも結果が同じ所があります。

たとえば、左から締めても右から締めても変わらない所です。

そういう所は若手の言う方にします。

自分の案が標準に入ると、若手は手順を自分のこととして考えるようになります。

変えない所若手の案でいい所
安全に効いているどちらでも結果が同じ
品質に効いている好みや体格で変わる
後工程に効いている順番を入れ替えても困らない

変えていい所と変えない所を分けて渡すと、工夫する場所がはっきりします。

型を身につけてから崩す、という「守破離」の考え方とも重なります。

それでも「自分の感覚を信じたい」と言う人には

答えも失敗の例も理由も渡したのに、説明した通りの失敗を選ぶ人はいます。

その失敗は必要な失敗として返します。「さっき言った通り、こうやったからこうなっている。だからこうする」と、理由をつないで見せます。

それでも「自分の感覚でやってきたから、自分のやり方を信じたい」と言う人がいます。

私はその人に、こう返します。

「ちょっと厳しい言い方をするようですが、だから一流じゃないんですよね?」

一流としてやってきた人が自分の感覚を信じると言うなら、私はそれを尊重します。その感覚には価値があるからです。

でも一流でない人が自分の感覚を信じてやってきたのなら、だから一流になれなかったという話です。

その上で「どうぞ好きにしてください」と言います。

ただし、そのやり方では品質を保証できません。たまたまうまくいっても、一定の割合でうまくいかないことがあるからです。

リスクのある選び方をした、というのが、その人への評価になります。

選ぶのは本人です。教える側は、リスクを減らせるやり方を選びましょう、と言い続けます。

新しいやり方を生む人は、歴史の上に立っている

ツン太
ツン太

型ばかり守らせたら、新しいやり方を考える人が育たないじゃないですか!

KAZU
KAZU

それは逆です。新しいやり方は、いまの答えの上からしか生まれません。

巨人の肩の上に立つ

「巨人の肩の上に立つ」という言葉があります。

物理学者のニュートンが、手紙にこう書いたことで知られています。

私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからです。

先人が積み上げた物の上に乗っているから遠くまで見える、という意味です。言い回しそのものは、12世紀からあります。

新しい物を作る人は、歴史の上に立って物事を考えています。

先人の答えを知らない人は、先人と同じ所でつまずきます。いくら頑張っても先人がいた所まで戻るだけです。

先人の失敗を積み上げた階段の上にいまの答えがあり、その上に新しいやり方を1段積む

学ぶは真似るから

「学ぶ」は「真似る」から来た言葉だと言われます。

空手も野球も、まず真似から入ります。なのに仕事になると、真似をしないで自分のやり方を出そうとする人がいます。

真似は先人の答えの上に乗る一番早い方法です。

「自分には合いませんでした」は、真似できていないサイン

ツン太
ツン太

言われた通りにやってみたけど、自分には合わなかったんですよ…。

KAZU
KAZU

では一度、目の前でやってみてもらえますか?

正しいやり方を教えたのに、「自分には合いませんでした」「自分には難しかったです」と言う人がいます。

そこで、その人のやり方を見せてもらいます。

すると、言われた通りになっていないことがよくあります。

本人は真似したつもりでも、途中で自分のやりやすいやり方に変わっているのです。

合わなかったのは、教えたやり方ではありません。本人が変えてしまったやり方です。

「やりにくい」「難しい」も同じです。

スポーツで考えると分かります。新しい技を覚えるとき、いきなりできる人はいません。

最初はその動きをするのが難しいものです。練習を重ねてできるようになります。

なのに仕事になると、「うわ、このやり方やりにくいな」と言って、やらない方を選ぶ人がいます。

やりにくいのは、やり方が合っていないからではありません。まだ身についていないからです。

言うことを聞かないのは、反発しているからとは限りません。真似ることが、そもそもできていない状態のことも多いのです。

だから「合わなかった」と言われたら、やり方を変える前に目の前でやってもらいます。

教えたやり方と並べて、どこが違うかを一緒に見ます。違いが見えれば、本人も「合わなかった」のではなく「違っていた」と気づきます。

見本と本人の動きを並べる方法は「「わかりました」と言ったのに翌日には元へ戻る新人をどう教えるか」で書いています。

教える側がつくるのは、探し直さないための前提

現場の人の思考の癖を知らないと、教育は語れません。

やる気がある人ほど、「もっといい方法」を探しに行きます。その道を、先にふさいでおくのが教える側の仕事です。

ふさぐと言っても「言われた通りにやれ」と押さえつけるのではありません。投げかけと前提で、探し直す必要がない状態をつくります。

  • 手順を渡す前に、「このやり方になるまでに、こんな失敗があった」と1つ話す
  • 「最初はやりにくくて当たり前。練習してできるようになる」と先に伝える
  • 新しい案が出たら、先に「いまのやり方は、何のためにこうしていると思う?」と聞く
  • 「ここは変えない。ここは君の案でいい」と分けて渡す
ブルさん
ブルさん

……理由、話したことなかったなぁ。

私の原則:新しいやり方は、いまの答えの上にしか立たない

私の原則は一つです。

新しいやり方は、いまの答えの上にしか立たない。

新人が別のやり方を試し始めたら、止める前にいまの答えの理由と失敗を渡したかを確かめます。

渡した上で出てきた案なら、比べて良ければ採ります。

3つの問いで自分の渡し方を確かめる

明日手順を教えたあとで、次の3つに○か×を付けてみてください。

  1. 手順を渡すとき、そのやり方で起きた失敗の例を1つでも見せたか
  2. 新しいやり方が出たとき、いまのやり方の理由と並べて比べたか
  3. 変えていい所と、変えない所を分けて渡したか

×が付いた所が、新人が車輪を作り直し始める所です。

KAZU
KAZU

失敗の例を1つ話すところから始めましょう!それだけで、探し方が変わります。

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