「これをしたらこうなるやろ!なんで分からへんねん!」
ホワイトボードの前で、先輩が同じ説明を3回くり返しています。
新人はうなずいていますが、顔を見れば分かっていないのが分かります。
先輩はだんだん声が大きくなり、最後は「何回言うたら分かるねん!」で終わります。
この場面で起きているのは、新人の理解力が悪いということではありません。
先輩の頭の中にある「絵」が、新人の頭の中には無いから起こっている認知のズレです。
何と何がつながって、だからこうなるのか、という絵です。その絵が言葉にした時点で落ちています。
だから言葉をくり返しても、大きな声で言っても伝わりません。
伝えるには言葉を足すのではなく、頭の中の絵を紙に出して渡します。
この記事では、説明が伝わらない本当の理由と、現場で頭の中の絵を紙に出して渡す方法、そして説明が伝わらない先輩から絵を引き出す方法を説明します。
「なんで分からへんねん」は、相手の理解力の話ではない

何回言うたら分かるねん…。分からんのは本人の頭の問題やろ!

言葉だけだと、何と何がつながるのか見えないんですよ!

それは頭の問題ではありません。見えている絵が、2人で違うんです。
説明する側には、つながりが見えている
説明する側の頭の中では、話が1枚の絵になっています。
「この条件だと、こうなって、だからこうなる」という流れが、矢印でつながって見えています。
だから説明する側は要点だけを言えば伝わると感じます。
ところが聞く側の頭には、その絵がありません。聞こえてくるのは矢印の抜けた言葉だけです。
- 説明する側
=絵(つながり)が見えている。言葉はその絵の要点だけ - 聞く側
=絵が無い。要点だけの言葉がばらばらに届く

曲を指で叩いても、相手には聞こえていない
これには有名な実験があります。
スタンフォード大学のエリザベス・ニュートンが行った実験で、日本では『アイデアのちから』(チップ・ハース、ダン・ハース著)の「知の呪縛」として紹介されています(知識の呪い - Wikipedia)。
やり方はこうです。
- 2人1組になる
- 1人が誰でも知っている曲を1つ選び、リズムだけを指で机に叩く
- もう1人がそのリズムを聞いて曲名を当てる
叩く人は聞く人が当てられる見込みを「半分くらい」と予想しました。
実際に当たったのは120曲のうち3曲だけです。
| 割合 | |
|---|---|
| 叩く人の予想 | 50% |
| 実際に当たった | 2.5% |

叩いている人の頭の中ではメロディが鳴っています。だからリズムだけで十分に伝わっていると感じます。
聞いている人に届いているのは、机を叩く音だけです。
知っている人は知らない状態を想像できません。
現場の説明も同じです。
説明する側の頭の中では、絵が見えています。
しかし、聞く側に届いているのは、絵の抜けた言葉だけです。
知っている人ほど知らない人の状態が見えなくなる、という話は「厳しい指導で人は育たない?生存者バイアスから考える現場の教え方」でも詳しく書きました。
私も、人に言われるまで気づかなかった
私自身、このことに気づいたのは、職場で人と話していた時でした。
私は頭の中でまず絵や流れを作り、それを言葉に直して相手に渡しています。
相手にも同じ絵が浮かぶはずだ、と思って話していました。
ところが言葉そのもので理解する人(言語思考者・テキストシンカー)がいる、と知りました。
その時に出た言葉が「みんなそうだと思ってましたよ」です。
自分の頭の中に絵があることにさえ、言われるまで気づいていませんでした。
説明する側は自分が何を見ているのかに気づきにくいのです。

自分の頭の中の絵は、自分では見えにくいんです。
言葉を足すほど、分からなくなる

細かく説明されるほど、どこが大事なのか分からなくなるんです!

足すのは言葉ではありません。矢印です。
細かく言い直すと、かえって迷う
伝わらない時、多くの人は説明を細かくします。
前提を足し、例を足し、言い方を変えてもう一度言います。
でも細かくするほど、聞く側の頭は言葉で埋まります。どの言葉とどの言葉がつながっているのかは、まだ見えません。
私ももっと細かく説明すれば分かるのかと考えたことがあります。でも細かく説明したら、もっと分からなくなります。
足りないのは言葉の量ではなく「つながり」です。
言葉と図をセットにすると伝わる
教育心理学者のリチャード・メイヤーは、人が言葉と図からどう学ぶかを長く調べてきました。
たとえば、自転車の空気入れの仕組みを言葉だけで説明する場合と、言葉と図を合わせて説明する場合で比べています。
結果は、言葉と図を合わせた方が、仕組みを使って考える問題(応用問題)の成績がよくなりました。
メイヤー自身のまとめでは、同じような比較を9回行って、9回とも同じ結果でした。
言葉だけより、言葉と図を合わせた方がよく学べる。
これが説明を伝わる形にする一番の近道です。
言葉だけの説明と、矢印3本の説明
同じ内容を言葉だけで言う場合と、矢印でつないで見せる場合を比べます。
| 言葉だけ | 矢印でつなぐ |
|---|---|
| 「電流が高いと穴があくし、低いと溶け込みが足りんから、ちょうどええとこでやって」 | 電流が高すぎる → 溶けすぎる → 穴があく |
| 電流が低すぎる → 溶け込みが足りない → 強度が出ない | |
| → ちょうどいい所を先に決める |

言葉だけの説明は間違ってはいません。
ただ「なぜ穴があくのか」「なぜ足りないとだめなのか」のつながりが、聞く側の頭の中で組み立てられていません。
矢印でつなぐと、何が原因で、何が起きるのかが一目で見えます。
相手のタイプに合わせなくていい。全員に言葉と図を渡す

人によって、図の方が分かる人と、言葉の方が分かる人がいるんじゃないですか?

好みはあっても、全員に言葉と図をセットで渡せば大丈夫です。
学習スタイルに合わせても成績は上がらない
「見て覚えるタイプ」「聞いて覚えるタイプ」のように、人には学び方のタイプがある、という考え方があります。
学習スタイルと呼ばれる考え方です。
ここから、「相手のタイプに合わせて教え方を変えるべきだ」と言われることがあります。
ところが心理学者のハロルド・パシュラーらが2008年に研究をまとめ直したところ、タイプに合わせて教えると成績が上がる、という証拠は見つかりませんでした。
人に好みがあるのは確かです。でも好みに合わせても学んだ結果は変わりませんでした。
現場で考えるとこれはありがたい話です。相手が言葉の人か絵の人かを見分ける必要がないからです。
実際、職場の誰が言葉で考える人なのかは、話していても見分けがつきません。
だから相手ごとに説明を変えるのではなく、全員に言葉と図をセットで渡します。
同じ「絵の人」同士でも、絵が違う
もう1つ気をつけることがあります。
絵で考える人同士なら通じるとは限りません。
頭の中の絵は、その人が積んできた経験でできているからです。
チェスの名人は、盤面を駒1つずつではなく、意味のある「まとまり」で覚えていることが、心理学者のチェイスとサイモンの研究で分かっています。
日本の将棋でも同じ結果が確かめられています。
まとまりは経験から作られるので、経験が違えばまとまりも違います。
現場で言えば、同じ「普通こうやろ!」でも、ベテラン同士で思い浮かべている絵が違うことがあります。
同じ言葉を聞いて別の絵を見ているので、話がかみ合いません。

これも絵を紙に出せば、どこが違うのかがすぐに見えます。
現場で、絵を紙に出す道具

絵で伝えるいうても、現場にホワイトボードなんか置かれへんやろ!

大きいボードは要りません。持ち歩けるもので足ります。
すぐ書いて消せるもの
現場で説明する場所は、会議室ではありません。
大きなホワイトボードは置けないことの方が多いです。
使えるのは次のようなものです。
| 道具 | 向いている場面 |
|---|---|
| ノート型のホワイトボード | その場で書いて、消して、何度も描き直す |
| 紙とペン | 書いたものをそのまま渡す |
| 作業台の端の小さなボード | 決まった説明を、毎回同じ場所で描く |
ノート型のホワイトボードは、ノートのように閉じて持ち運べるホワイトボードです(nu boardなど。A4やA5の大きさがあります)。
すぐ書けてすぐ消せるのが一番の強みです。
図は矢印3本で足りる
図にするのは難しい、と感じる人もいます。でもきれいな図は必要ありません。
何と何がつながって何が起きるのか。その矢印が3本あれば足ります。
メイヤーの研究でも余計な飾りを削った説明の方がよく学べることが分かっています。
現場の人に足りないのは、絵心ではなく、描く型です。
「原因 → 起きること → 結果」の3つを矢印でつなぐ。
まずはこれだけで十分です。
撮って残す
書いたものは消す前にスマホで撮っておきます。
撮っておけば、新人が後で見返せます。同じ説明を次の新人にも使えます。
ホワイトボードは、斜めから撮ると形がゆがみ、照明が反射して見えにくくなります。
スマホのスキャン機能(OneDrive アプリのスキャンなど)を使うと、ゆがみを直して、読みやすくしてくれます。
AIに、見やすい図に描き直してもらう
撮った写真はAIに渡して、見やすい図に描き直してもらうこともできます。
走り書きのままだと描いた本人にしか分からない所があります。
AIに描き直してもらうと、矢印と言葉が整理されて、新人が後で見返しても分かる図になります。
頼み方の例です。
この写真は、現場で新人に説明しながらホワイトボードに走り書きしたものです。 この内容を、新人向けの教材に載せる、見やすいインフォグラフィックにしてください。 ・上に短い題名をつける ・手順は番号の順に、簡単な線のアイコンつきの角丸のカードで並べ、矢印でつなぐ(原因と結果の話なら「原因 → 起きること → 結果」の順に) ・注意書きは、その手順のカードのそばに目立つように ・色は3色まで。余白を広く ・文字は写真と同じ言葉を使い、写真に無い話は足さない(題名だけは足してよい) ・絵文字は使わない。背景は白
ポイントは3つあります。
- 図の形を決める
=「分かりやすく」とだけ頼むと、走り書きをきれいに書き直すだけで止まることがあります。手順なら番号の順、原因と結果なら「原因 → 起きること → 結果」のように並べ方を決めると、整理された図になります - 見た目も頼む
=題名・アイコン・色の数・余白まで書くと、教材に載せられる図になります - 「写真に無い話は足さない」を入れる
=入れないと、AIが話を足して、説明した内容と違う図になることがあります


説明が伝わらない先輩には、こちらから絵を取りに行く

でも、先輩に「図にしてください」とは言いにくいです…。

それなら、こちらから絵を取りに行きましょう!
この記事を読んでいる人が、いつも説明する側とは限りません。
「なんで分からへんねん」と言っている先輩を近くで見ている人もいます。
新人の側で、その説明を受けている人もいます。
先輩に「説明が下手です」と言っても伝わりません。
先輩の頭の中にある絵は、こちらから取りに行けます。
紙とペンを差し出す
一番かんたんなのは紙とペンを差し出すことです。
「ここに描いてもらえますか」と聞きます。
描きながら話すと、先輩自身が抜けている矢印に気づきます。
そして、描いてもらったものは、撮っておきます。
「次の人にも使わせてください」と言えば、先輩の説明が職場の教材として残ります。
言いにくい時は、録音して、AIに図にしてもらう
それでも「描いてください」と言いにくい相手はいます。
そもそも話そのものが分かりにくい人もいます。
よくあるのは次の3つです。
- 主語が無い
=誰が、何が、の話なのかが抜けている - 抽象的なことばかり
=「ちゃんとやって」「うまいことやって」で、具体的に何をするのかが無い - つながりがあいまい
=何が何にかかっているのか、何をするとどうなるのかが見えない
困るのは話している本人がそれに気づいていないことです。
頭の中の絵が見えている本人には、自分の話は分かりやすく聞こえています。
そういう時は、説明をスマホのボイスメモやボイスレコーダーで録っておき、後でAIにかけます。
録音のファイルをそのまま渡して、文字にしてまとめてもらえるAIもあります(Gemini など)。
まとめてもらうだけでなく、図にしてもらいます。
頼み方の例です。
これは、職場の先輩に作業のやり方を説明してもらった録音です。 次の3つを作ってください。 1. 先輩が言いたかった結論を1文で 2. 「何をすると、何が起きて、どうなるか」のつながりを、矢印でつないだ見やすい図(インフォグラフィック)に 3. 主語が抜けていて、何の話か分からない所を、先輩に聞き直す質問の形で 録音に無い話は足さない。

図を見せて「こういうことですか」と確かめる
できた図は先輩に見せて確かめます。
「先輩の話を図にしてみたんですけど、こういうことですか」と聞きます。
合っていれば、先輩の頭の中の絵が、こちらにも届いた証拠です。違っていれば、先輩が「そこはこうや」と矢印を描き足してくれます。
AIが作った「聞き直す質問」もここで使えます。
先輩を責める言い方にはなりません。こちらが分かろうとしている形だからです。
黙って録らない。先にひと言頼む
録音は黙ってすると盗み録りになってしまいます。
必ず先に、ひと言頼みます。
たとえば、こう言います。
「自分は理解が追いつかないことがあるので、後でAIにかけて、先輩の話をちゃんとまとめて理解したいです。録音してもいいですか」
自分の理解のために録る、と伝えれば、嫌がる人はあまりいません。
※職場によっては、録音の決まりがあります(図面やお客さんの情報が入る話など)。録る前に確かめておきます。
先輩の頭の中の絵は、職場の財産
先輩の腕や経験を否定する必要はありません。
先輩の頭の中にある絵は、職場の財産です。
紙に描いてもらうのも録って図にして確かめるのも、その財産を新人に渡す方法です。
今はこういう道具を使って理解する力を高められる時代です。
言われたことを一度で全部分かる必要はありません。

……そうか。描いたことなかったなぁ。
私の原則:頭の中の絵は、紙に出すまで相手には無い
私の原則は一つです。
頭の中の絵は、紙に出すまで相手には無い。
説明が伝わらない時、相手の理解力を疑う前に、自分が絵を出したかを確かめます。
言葉を足すのではなく、矢印を1本描きます。
説明をどんな順番で組み立てるかは「人前で話すのが苦手なOJT担当へ|説明は「話す型」で準備できる」で詳しく書きました。
3つの問いで自分の説明を確かめる
明日の説明のあとで、次の3つに○か×を付けてみてください。
- 説明の中で、紙かホワイトボードに1回でも描いたか
- 「だからこうなる」のつながりを言ったか。結果だけを言っていないか
- 相手に、自分の言葉と図で説明し直してもらったか
×が付いた所が相手の頭に絵が届いていない所です。

1本の矢印から始めましょう。それだけで、説明は変わります。

