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新人が教えても変わらない理由とは?今日直せる教え方と待つべき観察点

若手が加工途中の金属の板を手に持って「あれ、いつもと違う…?」と迷い、指導者が少し離れた所からクリップボードを持って「今日は「違うと気づいて止まれたか」だけ見る」と考えている

昨日説明したことを、今日も聞かれる。

手順は見せたのに、作業が変わらない。

上からは「あの新人、まだなの?」と聞かれるし、自分の仕事もある。

きつく言えば辞めるかもしれない。だんだん「能力かな」「やる気かな」と思いたくなります。私も何度もそう思いました。

先に結論です。

能力でもやる気でもなく、「育たない」の中身が3つ混ざっているのが原因です。

混ざったまま見ているから、打てる手が「もう一回言う」か「様子を見る」しか無い。分けると、今日直せるものと、積み重ねるしかないものに分かれて、それぞれに違う手が打てます。

この記事では、何を分けて見るか、今日直すものと待つものの見分け方、そして待つときに置く観察点を説明します。

「能力かやる気か」と決める前に、見るものが4つある

目の前で「できる人」と「できない人」の差があるのは事実です。

ただ、その差の後ろには条件の差があります。

  • 知識=必要なことに、どれだけ触れたか
  • 判断の材料=何を見て決めるか、その目印を渡されたか
  • 体験=実際にやってみる機会があったか
  • 練習=繰り返す回数があったか

生まれつきの差と決める前に、この4つのどれが足りていないかを見たほうが、打つ手が増えます。

適性とは「必要な時間の量」のこと

これは私の持論ではなく、教育の研究で昔から言われていることです。

アメリカの教育心理学者ジョン・キャロルは、1963年に「適性とは、その課題を身につけるのに必要な時間の量のことだ」と言いました。

能力が高い人は短い時間で身につき、そうでない人は長い時間がかかる。けれど、十分な時間と条件があれば大半の人は同じ水準に到達する、という考え方です。

同じく教育心理学者のベンジャミン・ブルームが、これを「完全習得学習」という指導法にしました。

到達の基準は全員同じ、かかる時間は人によって変える、途中で小さく確かめて届いていない所だけ補う。

「育たない」を能力で片づけると、この「時間と条件」の側を見なくなります。

完全習得学習の考え方=到達の基準は全員同じ。かかる時間を人によって変える。途中で小さく確かめて、届いていない所だけ補う

手順は教えたのに動けない=詰まる場所は3つ

前の記事で、手順書に書いてあるのは動作で、ベテランが見ている判断点が書かれていない、という話をしました。

判断点を言葉にして新人に渡すと、今度は新人がどこで詰まるかが見えてきます。

詰まる場所は3つです。

詰まる場所中身一回の説明で直るか
1.手順を再現できないどこを、どの順番で見るかが分かっていない直る
2.違いに気づけない見方は知っているが、いつもと違う状態を見分けられない直らない
3.次の行動を選べない違うとは分かったが、止める・聞く・続けるの境目が分からない直らない

一つ目は今日直せる。二つ目と三つ目は育つのを待つ

一つ目は今日の説明を直せます。

実物の前で「どこを見る?」と聞いて、指さしてもらえば、伝わっていない場所がその場で分かるからです。

作業前の確認を教えたのにまた見落とした、というとき、「もっと注意して」では何を見落としたのか分かりません。

指さしてもらうと、見ていない場所が1か所、具体的に出てきます。そこを直せば、明日は変わります。

二つ目と三つ目は、一回の説明では育ちません。

いろいろな状態を見て、比べて、少しずつ身につくものだからです。

ここを「説明したのにできない」と責めても、本人にはどうしようもありません。

その場でできたことが翌日には戻る、という話は「わかりました」と言ったのに翌日には元へ戻る新人をどう教えるかに書いています。

待つなら観察点を置く。説明の抜けは待たない

説明の抜けまで時間に預けてはいけません。

今日直せる一つ目を直したうえで、二つ目と三つ目には、見たい行動を小さくして観察点を置きます。

今日直すものと、積み重ねるもの。説明の抜けは今日直す。違いへの気づきと判断は、観察点を置いて、日を置いて見る。待つとは、次に見る日と見る行動を決めること
  • 作業前に、自分で確認点を挙げられるか
  • 普段と違うところを見つけたら、その場所を言葉で示せるか
  • 分からないまま進めず、決めた相手に相談できるか

全部できたかを一度に採点しません。今回は「違うところを見つけて止まれた」だけを見る。

次は「なぜ止めたか」を言えるかを見る。一つずつです。

観察点は採点ではなく、次に渡すものを決めるため

観察点は、新人を採点するためのものではありません。教える側が、次に何を渡すかを決めるためのものです。

ブルームは評価を2種類に分けました。

  • 総括的評価=学期の終わりに成績を付けるための評価
  • 形成的評価=途中で指導を直すための評価

現場の観察点は、形成的評価そのものです。

見るのは「合格か不合格か」ではなく「次に何を渡せば進むか」。ここを取り違えると、観察点が新人を追い詰める道具になります。

教えた直後の「できた」は数えない

もう一つ。

運動の学習の研究では、練習中の成績と、日を置いてからの成績と、条件が変わったときの成績を分けて測り、学習の評価には後の2つを使います。

練習中にできていても翌日できるとは限らないし、翌日できても条件が変わればできないからです。

だから、教えた直後にできたことを「できた」と数えない。日を置いて、条件を変えて、もう一度見る。

観察点を置くというのは、この「日を置いて見る」を現場のやり方にしたものです。

変わらなかったら、見るのは「渡していない条件」

ここで「やっぱりやる気が無い」に戻らないでください。

変わらないときに見るのは、こちらが渡していない条件のほうです。

  • 練習する機会はあったか
  • 比べる材料(見本・判断の目印)は渡したか
  • 分からないときに相談できる相手を決めていたか

私の経験では、変わらない原因はたいてい、このどれかが抜けています。

指導を終える前に、3行だけ残す

だから、指導を終える前に3行だけ残してください。

  1. 今日、本人ができた行動は何か
  2. まだ迷っている場面はどこか
  3. 次は、どの行動を見て判断するか

これがあれば、次の指導は前回の続きから始められます。

できた行動は、本人にも伝える

そして、できた行動は本人にも伝えてください。「まだ全部はできていない。

でも、前よりここは見えるようになった」と、具体的に。

心理学者のアルバート・バンデューラは、人が「自分はできる」と思えるかどうかを決める一番強い要因は、小さくても自分でやれた経験だ、と示しました(自己効力感)。

「まだできない」しか聞かされない新人は、やれた経験がゼロのまま進んで、そこで止まります。

観察点を小さくするのは、見るためだけでなく「できた」を作るためでもあるんです。

私の原則は一つ

「できない」を一つにまとめない。分けた分だけ、打てる手が見える。

分けたもの打つ手いつ
手順の再現説明を直す(指さしで抜けを見つける)今日
違いへの気づき観察点を置いて、日を置いて見る次に見る日を決める
次の行動の選択観察点を置いて、条件(機会・材料・相談先)を渡す次に見る日を決める

待つというのは、何もしないことではありません。次に見る日と、見る行動を決めることです。

明日できること=3つの問いに○×

いま「育たない」と思っている新人を一人思い浮かべて、○×を付けてください。

  1. その「育たない」は、手順の再現・違いへの気づき・次の行動の選択、のどれか一つで言えるか
  2. 今日直せる説明の抜けを、一つ言えるか
  3. 次に見る日と、見る行動を決めてあるか

×が付いたところが、先に手を入れる場所です。

どこから手を入れるか迷ったら、教育設計のチェックシートで、自分の現場の抜けを確かめてください。

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