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厳しい指導で人は育たない?生存者バイアスから考える現場の教え方

考えたら、わかるやろ!

「俺はこうやって覚えた」

そう言って、自分が受けてきた厳しいやり方を、そのまま新人にやらせる。

ついてこれない新人には「こいつはダメだ」と言う。

製造業の現場で、私はこういう指導者を何度も見てきました。

最近はコンプライアンスが厳しくなったので、あからさまに言う人は減りました。でも、中身は変わっていません…。

自分のやり方が正しいと信じて、相手を見ずにそのやり方をやらせる人は今もいます。

その下で、新人が続かない。

周りで見ていて、教え方を変えないとまずいと分かっている。でも、どう言えば伝わるのかが分からない…。

この記事は、そういう立場の人に向けて書いています。

先に結論を言います。

新人ができないのは、新人の出来が悪いからではありません。

そのやり方が、ついてこれた人だけが残った場所でしか成り立っていなかったからです。

この記事では、その指導者の成功体験のどこがずれているのか、新人に渡すべき「考える材料」とは何か、そして指導者本人にどう気づいてもらうかを説明します。

厳しい指導が通じたのは、ついてこれない人が辞めたから

ツン太
ツン太

厳しく言わないと、新人は育たないんじゃないですか?

KAZU
KAZU

厳しさで育ったように見えるのは、ついてこれた人しか見ていないからです。

部活の強豪校を思い浮かべると、分かりやすいです。

強豪校には、もともと「強くなりたい」「勝ちたい」という人が集まります。

厳しい練習にも食らいついていくし、ついてこれない人は勝手に辞めていきます。

だから、厳しい指導でも結果が出ます。

でも、それは指導がうまかったからではありません。

勝ちたい人が集まって、ついてこれない人がいなくなったから、結果が出ただけです。

同じやり方を普通の学校に持ち込めば、うまくいかないのは当然です。

集まっている人の前提がまるで違うのに、やり方だけを持ってきているからです。

入った人のうち辞めていった人は見えなくなり、見えているのは残った人だけ

職場でも、見えているのは残った人だけ

職場も、まったく同じです。

指導者が育った頃の職場今の新人がいる職場
1. 集まっていた人厳しさについていけた人いろいろな人
2. ついてこれない人辞めていき、見えなくなった辞めるか、残って困っている
3. 目に入る結果残った人の成功だけ教えた全員の結果

「実際に自分はこのやり方で育った」と言われたら

その指導者が育ったのは事実です。

そこは否定しなくていいです。

ただ、同じ時期に入って辞めていった人がいたはずです。

その人たちは、「このやり方で育った」の数に入っていません。

残った人だけを見て「このやり方は正しい」と判断することを、生存者バイアスと呼びます。

生存者バイアスを示す爆撃機の話

有名なのが、第二次世界大戦の爆撃機の話です。

帰ってきた爆撃機の弾の跡を調べて、跡の多い所を補強しようという案が出ました。

統計学者のエイブラハム・ウォールドは、これを止めました。

「見るべきなのは、帰ってこなかった機体だ」と。

帰ってきた機体の弾の跡は、そこを撃たれても帰ってこられた場所だからです。

帰ってきた機体と帰ってこなかった機体。答えは帰ってこなかった側にある

教え方も同じです。

そのやり方が正しかったかどうかの答えは、残った人ではなく、辞めていった人の側にあります。

厳しさが人を育てたのではない

厳しさが人を育てたのではありません。

もともと「うまくなりたい」と思っていた人が、厳しさに耐えて残っただけです。

そのやり方でうまくいったのは、そのやり方に耐えられる人が、たまたまそろっていたからです。

はっきり言えば、運が良かっただけです。

その運を、自分の指導が正しい証拠だと思い込む。

誰にでも通じる正解だと勘違いする。

ここが一番の間違いです。

方向が、そもそもずれています。

「考えたらわかるやろ」の前に、考える材料を渡す

ツン太
ツン太

でも、自分で考えさせないと成長しないですよね?

KAZU
KAZU

考えさせるのは大事です。でも、考える材料が無ければ、考えようがありません。

厳しいやり方を押し付ける指導者ほど、口ぐせのように言います。

「自分で考えろ」

「考えたらわかるやろ」

いや、わかりません…。

なぜなら、考えるための材料がないからです。

材料がない人に「考えろ」と言うのは、部品を渡さずに「組み立てろ」と言うのと同じです。

どれだけ考えても、組み上がるわけがありません。

材料は、本人が自分で探すものではありません。

教える側が渡すものです。

ここを取り違えている指導者が、本当に多いです。

部品を渡さずに考えろと言うベテランと、何もない作業台の前で困る新人

新人に渡す4つの材料

渡す材料は、次の4つです。

材料中身の例
1. 見る所どこを見れば、良いか悪いかが分かるか
2. 順番何から先に確かめるか
3. 判断の基準どうなっていたらOKで、どうなっていたらやり直しか
4. 気づくきっかけ「ここ、さっきと何が違う?」のような問いかけ

ここまで渡して、初めて人は考えられるようになります。

「この材料を使って、この順番で考えると答えが出る」という考え方そのものを見せるのも、材料です。

材料を渡さずに「考えろ」と言うのは、指導ではなく丸投げです。

なぜ、できる人ほど材料を渡さないのか

できる人は、自分が何を見て判断しているかを、自分で分かっていません。

長くやっているうちに、見る所も順番も体に入ってしまっているからです。

自分が知っていることを相手も知っていると思い込み、知らない人の立場が分からなくなる。これを知識の呪いと呼びます。

先生が、生徒がどこでつまずいているのかを想像できなくなるのも、これが原因です。

同じ溶接を見ても、先輩には見る所が見えていて、新人には見えていない

腕のいい人が「考えたらわかる」と思えるのは、頭がいいからではありません。

もう材料を持っているからです。

考える力そのものが、じつは育った環境でもらったものだという話は以下の記事に詳しく書いています。

同じ説明で、分かる人と分からない人がいるのは当たり前

「同じことを言っても、分かるやつは分かる。分からないのは本人の問題だ」

これもよく聞く言葉です。

当たり前です。

説明の分かり方も、イメージの仕方も、人によって違うからです。

一度聞いてパッと分かる人もいれば、目の前でやって見せないとイメージできない人もいます。

相手を見ずに、一つのやり方を押し付けるのは教育ではありません。

ただの「押し付け」です。

できない理由は一つではない

できない理由も、一つではありません。

できない理由準備するもの
1. 考える材料が足りない見る所・順番・判断の基準
2. 説明がイメージにつながっていないやって見せる、たとえを変える、図や現物で示す
3. 動きの練習が足りない動きを分けて、練習の回数を取る
4. どこで止まっているかを本人も言えない一緒にやって、止まった所を確かめる

材料が足りない人に練習量を増やしても、できるようにはなりません。

動きの練習が足りない人に説明を足しても、できるようにはなりません。

原因を見ずに「根性が足りない」「センスがない」で片づけるのは、指導をあきらめているのと同じです。

一人ではできなくても、手助けがあればできる範囲がある

心理学者のヴィゴツキーは、一人ではまだできないけれど、手助けがあればできる範囲を「発達の最近接領域」と呼んでいます。

一人でできる所、手助けがあればできる所、まだできない所の3つの輪(発達の最近接領域)

今できない新人も、渡し方を変えればできるようになる範囲を持っています。

それを引き出せるかどうかは、教える側の手札の数で決まります。

  • イメージしにくい人には、やって見せる
  • すぐ分かる人には、先に一人でやらせてみる
  • 言葉で止まる人には、図や現物で見せる

「教えるのがうまい」と言われる人は、この手札をたくさん持っている人です。

才能ではありません。準備の量です。

「考えたらわかるやろ」は、指導者自身に返ってくる

ここで、話を指導者の側に向けます。

新人に「考えたらわかるやろ」と言う指導者に、同じ言葉を向けてみてください。

自分のやり方の何がずれているのか、考えたらわかるでしょうか?

わかりません。

教え方を見直すための材料を、その指導者も持っていないからです。

新人に投げた言葉が、そのまま自分に返ってきています。

新人に投げた「考えたらわかるやろ」が、指導者自身に返ってくるブーメラン

指導者が自分の勉強不足を棚に上げて、新人を責めるのは間違っています。

指導者も、材料があれば変われる

ただ、逆に言えば、指導者も材料さえあれば変われます。

「そのやり方がうまくいかないのは、こういう理由だ」「こういう人には、こう渡せばいい」と分かれば、「ああ、そう考えればいいのか」と教え方を変えられます。

新人とまったく同じです。

だから、指導者を「教え方が下手だ」と責めて終わりにする会社も、同じ間違いをしています。

指導者にも、材料を渡す。

忙しくて一から考える余裕がない現場ならなおさら、すぐ使える形で渡す。

これは会社の仕事です。

材料の流れ。会社から指導者へ教え方の材料、指導者から新人へ考える材料

その指導者に、どう気づいてもらうか

ツン太
ツン太

じゃあ、あの先輩にこの記事を読ませたらいいんですか?

KAZU
KAZU

読ませて責めても変わりません。その先輩にも、材料を渡すんです。

ここまで読んで、「あの人に読ませたい」と思った方もいるはずです。

でも、ここで同じ間違いをしてはいけません。

その指導者に「あなたのやり方は間違っている」とぶつけても、変わりません。

正しさで勝とうとするほど、話はかみ合わなくなります。

この話は「自分のやり方にこだわる人を説得しようとして疲れてしまうリーダーへ」で詳しく書きました。

新人を責めても変わらないのと、まったく同じです。

その指導者もまた、材料を持っていないだけです。

だから、責めるのではなく材料を渡します。

責めずに渡す3つの材料

渡し方は、たとえば次の3つです。

渡すものやること
1. 辞めていった人の事実ここ数年で入った人と、残った人の数を一緒に並べてみる。評価はせず、数字だけ置く
2. その人が見ている所「どこを見てOKにしていますか」と聞いて、見る所・順番・基準を言葉にしてもらう。腕を認めたうえで、新人に渡す材料に変える
3. 新人が止まっている所新人の作業を一緒に見て、どこで止まっているかを確かめる。「できない」を「ここが分かっていない」に変える

2つ目が特に効きます。

腕のある人は、自分の見ている所を聞かれると話せます。

話しているうちに、「新人にはこれが見えていないのか」と自分で気づきます。

気づくきっかけを渡すというのは、こういうことです。

「こいつはダメだ」と言っていいのは、手を尽くした人だけ

それでも、どうしてもできない新人はいます。

ここできれいごとを言うつもりはありません。

あらゆる手を尽くしてもできないなら、本人にやる気がないのか、本当に向いていないのか、どちらかです。

「ダメだ」と言う前に確かめる4つ

ただし、それを言っていいのは、本当に手を尽くした人だけです。

  1. 4つの材料(見る所・順番・判断の基準・気づくきっかけ)を全部渡したか
  2. 説明のしかたを、2通り以上試したか
  3. 動きの練習の時間を取ったか
  4. どこで止まっているかを、一緒にやって確かめたか

一つでも×があるなら、「こいつはダメだ」と言うのはまだ早いです。

それは判断ではなく、ただの決めつけです。

そして、手札を持っている指導者には、「もう手がない」という場面はめったに来ません。

能力が高くない人でも、導く材料がこちらにあれば、ある程度のところまでは行けるからです。

私の原則:人のせいにしない。自分が準備する

新人ができないときは、新人を責める前に、教える側が渡したものを数えます。

指導者が変わらないときは、指導者を責める前に、こちらが渡したものを数えます。

どちらも同じです。

成功体験は、それが成り立った条件ごと疑います。

材料は考えさせるものではなく、渡すものです。

そして、教える側が学び続けて、渡せるものを増やしていきます。

それを続ける現場だけが、人が育つ現場になります。

3つの問いで自分の現場を確かめる

最後に、自分の現場を3つの問いで確かめてみてください。

  1. ここ数年で入った人と、辞めていった人の数を言えるか
  2. 新人に、見る所・順番・判断の基準が渡っているか
  3. 教える人に、教え方の材料が渡っているか

×が付いたところが、次に手を入れる場所です。

KAZU
KAZU

まずは、自分が渡したものを数えるところからです。

ツン太
ツン太

……新人のせいにする前に、こっちが渡したものを数えてみます。

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