「あいつ、腕はええんやけどな……」
次の班長や現場リーダーを決める話し合いの場で、こうした言葉を聞いた経験はないでしょうか。
技術は間違いなく高く、仕事の処理も早い。しかし、周囲とのやり取りや連携の面でどこか不安が残る。そのような作業者であっても、最終的には次のように判断されてしまうケースが少なくありません。
「まあ、立場が人を作るだろう。役職につければ本人も成長するはずだ」
ですが私は以前、この判断に対して真正面から反対したことがあります。
「あいつは絶対に上げたらあかん!」そう言いました。
どれだけ腕が良くても、班長という立場に上げてはいけない人はいるからです。
一作業員なら問題が顕在化しなかった「技術見せびらかしタイプ」
ここで取り上げるのは、自身の高い技術を見せびらかしてしまうタイプの人です。
特に溶接の現場などに多く見られます。
溶接は見た目の美しさで技術の差がはっきりと分かるため、綺麗に仕上げられる人が「すごい」と評価されやすい環境です。そのため、そうした称賛を求める人が集まりやすい傾向があります。
現場で腕を磨くこと自体は、悪いことではありません。
懸念すべきなのは、その磨いた技術を自分自身が気持ちよくなるためだけに使ってしまう点です。
このタイプが見せる行動パターンは、概ね決まっています。
- 承認を求めて自慢が止まらず、「見てほしい」と称賛をねだる
- 技術が未熟な人の作業を持ち出して、自分と比較する
- 「上手ですね」と持ち上げてくれる人を自分の周りに置きたがる
一人のプレイヤー(作業者)として現場にいる段階であれば、まだ大きな実害には至りません。周囲が適当に受け流しておけば、単に「嫌な奴」という個人的な評価で収まっていたからです。
班長への登用で「評価権限」が渡されたときに現場で起きるリスク
状況が大きく変わるのは、実際に役職を渡した瞬間です。
班長という立場になると、新たに「部下を評価する権限」が与えられます。現場の中に「その新班長の評価を得なければ困る人」が生じるということです。
「自分を気持ちよくさせてくれる人を近くに置きたい」という性質を持つ人物が評価権限を握ると、現場では次のような学習が成立してしまいます。
「この上司を気分よくさせることが、評価を上げる近道だ」
結果として、持ち上げるのが上手な人は、評価というリターンを得るためにさらに持ち上げるようになります。その一方で、「そんな姿勢には付き合えない」と感じる作業員ほど、やる気を失ってしまうのです。
単なる一人の性格的リスクだったものが、評価という組織の仕組みに乗った瞬間、現場全体を揺るがす問題へと拡大します。

上司の前で「いい子」を演じる人物が見抜きにくい理由
この手の人材で特にやっかいなのは、上司や評価者の前と現場とで、まったく異なる顔を見せる点です。
自分を評価してくれる人の前では非常に聞き分けが良く、よく考えて行動しているようなポーズを取ります。話もスムーズに通じるため、上の立場から見ている人ほど「あいつは悪くない」と思い込み、仕事ができる人物として高い評価を与えてしまいがちです。
しかし、上司の目が届かないところではボスとして振る舞い、現場を歪ませてしまうことがあります。
表面上の評価が高いぶん、現場が壊れている実態は、上からは見えません。
さらに問題が大きい、性質の悪い形もあります。
自分の立場を使って面談を行い、「絶対に漏らさないから」と言って現場のトラブルや本音を聞き出す。そして、出てきた不満を面白がって本人に伝えるという行動です。
私は過去に、実際にこれをやる勘違い評価者を見たことがあります。
このようなことが起きると、現場の人間は一切なにも言わなくなります。評価者に本音を渡すと、巡り巡って自分に悪影響が返ってくると学習してしまうからです。
班長への昇進で「立場が人を育てる」が通用しない理由
新リーダーを選び直す際、上司側は「立場が人を作る。責任ある役割を与えれば変わるだろう」と期待して引き上げることがあります。
一般的な社員であれば、この考え方は正しく機能します。新しい役割を与えられることで見える世界や視野が広がり、行動が良い方向へ変わるケースは多く存在するからです。
しかし、特定のタイプにおいては、この引き上げが逆効果になります。
昇進した事実を「これまでの自分のやり方が認められた」と解釈してしまうためです。
すると、自身の正しさを証明しようと動き出します。その証明に使われてしまうのが、渡したばかりの評価権限です。
つまり、立場を与えることが本人の成長を促すきっかけにならず、これまでのやり方をさらに強固にする燃料になってしまいます。
「任せれば成長するだろう」と期待して昇格させた結果、現場で最も改善したかった部分が、より濃い形で現場に返ってくるリスクがあるのです。
「教育による改善」ではなく「リスク管理」として現場配置を考える
ここまで読むと、「では、どう教育していけばいいんだ?」と思うかもしれません。
これは教育の問題ではなく、リスク管理の問題として扱います。
製造現場において、危険な設備や作業に対しては「近づけない」「カバーで囲う」「1人で扱わせない」といった対策を徹底します。
人に対してこの発想を持ち込むのは冷たく思えるかもしれませんが、現場を守るとはそういうことです。
具体的な対応策は以下の3つです。
1. 評価権限を持つ役職に昇格させない
これが最も確実なリスク管理です。
高い技術力に対する評価と、他者を評価する立場に就かせることは、明確に切り離して考えます。
現場での腕が良いのであれば、優秀なプレイヤーとして評価すれば問題ありません。給与面で報いる方法も、技能に関する専門的な肩書を設けて報いる道もあります。
「腕が良い作業員は班長にするしかない」という選択肢しか存在しない組織構造こそが、このトラブルを引き起こす原因になります。
2. 周囲と関わる仕事量や配置をコントロールする
一人で完結できる作業であれば、持っている能力を存分に発揮してもらえます。
チームワークが必要な工程や、若手・後輩を指導する工程からは配置を外します。
関わる人数が増えるほどリスクは高まるからです。
3. 指導・指摘は評価権限のある上司のみが行う
このタイプは、周囲の同僚や後輩が注意や指摘をしても聞き入れることはありません。それどころか反発し、場の空気が悪くなるだけです。
ただし、唯一言葉が届く相手がいます。それは自分を評価する権限を持つ人物です。
直属の上司や、現場で強い影響力を持つ立場の人から「そのやり方や振る舞いが、会社にとってどのような不利益になるのか」を論理的に伝えます。
評価者が直接伝えない限り、他の誰も伝えることはできないということです。
新しい班長を任命する前に確認すべきたった1つの重要ポイント
昇格させる前に適性を見抜くのは、難しくありません。
見るのは1つで足ります。
「その人の周りに、異論や意見をきちんと言える人が残っているか」
もし周囲がイエスマンばかりになっているなら、注意が必要です。
役職がない段階でその状態になっている場合、班長という権限を渡した後はその傾向がさらに加速してしまいます。
「作業の腕がいい」「よく気がつく」「上司からのウケが良い」といった要素は、選定の決め手にはなりません。これらは、昇格を避けるべき人物であっても満たしていることがある条件だからです。
リーダーに引き上げる前に、まずはその候補者の周囲にいる人々の様子を観察してみてください。
誰を上げるかの基準そのものは、班長を年齢や技術力で選ばない話にまとめています。
上げた本人の側で何が起きるかは、部下が素直に従うようになったときの話に書きました。
一度上げた後に降ろせなくなる構造は、こちらです。
昇進に潜むリスクを管理し、事前に判断できるのは任命する側の上司だけです。
自分の現場の教育設計に穴がないかは、項目で並べて確認するのが早いです。チェックシートを置いてあるので、点検に使ってください。


