




こういう人は、だらしないわけでもやる気がないわけでもありません。
原因は、今の自分と明日の自分が同じ自分に感じられていないことにあります。
自分だと感じられるのは、今この一瞬だけです。
明日の自分は他人とまでは言わなくても、自分だとは感じられない「他人みたいなもの」です。
だから今のしんどさから早く逃げたくて、仕事を明日の自分に投げてしまいます。
投げた仕事は、結局は自分か、後の工程の誰かが払うことになります。
教える側がやることは「ちゃんとやれ!」と叱ることではなく、後で誰がどれだけ払うかを見せることです。
そして根本の手当てをした人を「あのとき踏ん張ったから今がある」と言葉で返すことです。
この記事では、部下が仕事を後回しにする理由を研究とあわせて説明し、叱らずに動いてもらう現場の対処法を紹介します。
明日の自分を自分と感じていない

明日やる明日やるって、いつやるねん!

今日はほんまに手が回らないんですよ…。

明日の自分なら、やってくれる気がするんですよね。
自分と感じられるのは今この一瞬だけ
先送りする人の頭の中では、こんなことが起きていると私は考えています。
今この一瞬、目の前のこの一瞬だけが「自分」と感じられる。
未来の自分は理屈では同じ自分だと分かっていても、感覚としては自分だと感じられません。
未来の自分は、言ってみれば想像の上の自分です。だから本人にとっては、今向き合わずに済むなら、その方がいいのです。
「未来の自分がやってくれるわ!」と思えてしまいます。
これは、自分以外の誰かに仕事を投げているのとほとんど同じです。
しかし時間がたてば、その未来の自分にも「今この一瞬」がやってきます。そこで結局は向き合わないといけません。
いくら先延ばしにして逃げても、です。
未来の自分を思う脳は他人を思う脳に近い
この感覚には、研究の裏づけがあります。
心理学者のハル・ハーシュフィールドたちは「今の自分」「10年後の自分」「他人」を思い浮かべたときの脳の動きを比べました。
すると10年後の自分を思い浮かべたときの脳の動きは、他人を思い浮かべたときにいちばん近かったのです。
しかも未来の自分と他人の差が小さい人ほど、後でもらえる大きなお金よりすぐもらえる小さなお金を選びやすかったと報告されています。
この研究は、未来の自分が他人だと言っているわけではありません。脳の反応が他人を思うときに近かった、というところまでです。
それでも「他人とは思わないけど自分とは感じられない」という感覚は、脳の動きにもかなり近い形で表れているわけです。
ハーシュフィールドの本は『THINK FUTURE「未来」から逆算する生き方』として日本語でも読めます。

外から見れば分かるのに当事者になるとできない
もう1つ、現場でよく見る形があります。
外から見ていれば「そこが大事だ」とすぐに分かることでも、自分が作業する側に入ると視野が狭くなります。
そして目の前のことにただ反応するだけになってしまいます。
しかも本人は自分が大事なことを軽く扱っていることにも気づけません。
記録を「明日書きます」と言う人も同じです。
今日のラインを回すことで頭がいっぱいで、明日の自分が困ることは見えていません。
目の前の仕事に飛びついてしまう若手の話は「要領が悪い若手の指導で最初に見るべき「優先順位の崩れ」」で書いています。
忙しいからその場しのぎはトータルで損をする

忙しい日に記録まで書いてたら、ライン止まりますよ!

そのとおりです。その場の手当ては止めなくていいんです。
その場の手当ては止めなくていい
最初に言っておくと、その場の手当て自体は悪いことではありません。
ラインを止めないための手当ては要ります。
不良が出たら、まずは目の前を回す。これは正しい判断です。
問題はその後です。根本の手当てや記録を「後で」と言ったまま、誰もいつやるかを決めていません。
これがその場しのぎの正体です。
その場をしのぐ判断と、しのいだ後の始末は別の話です。その場の手当てを責めると、本人は次から不良を隠すようになるかもしれません。
責めるのは手当てではなく、始末が宙に浮いていることの方です。
先送りした分はやっつけになって返ってくる
今やれば1時間で終わることでも、面倒さから逃げるために明日の自分に渡してしまうと、何が起きるでしょうか。
- 先送りした仕事は、残り続ける
- 期限ぎりぎりになって、やっつけで片づける
- やっつけなので、質が低い
- その間にほかの仕事もたまっている
- 未完了の仕事がずっと頭に残り、しんどさだけが積み上がる
記録なら、もっとはっきりしています。1週間たってから書いた記録は、記録ではなく思い出話です。
何がどこで起きたかが抜け落ちて、次の不良を防ぐ材料になりません。
自分が楽になろうと思って先送りしたのに、結局はしんどい思いをしているのです。トータルで見たら損をしています。

人は目先の楽を大きく見積もる
行動経済学では、この偏りを「双曲割引」と呼びます。
人は、すぐ手に入るものの価値をとても大きく感じ、少し先のものの価値は急に小さく感じます。
そのせいで後の大きな得より今の小さな楽を選びやすくなります。
今日記録を書かずに済む楽は、すぐ手に入ります。記録がなくて来週困る損は、少し先にあります。
双曲割引で見ると、今日の楽の方が大きく見えるのは自然なことなのです。
品質の世界でも、不良は後の工程へ流れるほど、直す手間とお金が大きくなると言われています(品質コスト)。
工場の中で見つけて直す失敗より、お客様の所で見つかる失敗の方がずっと高くつくからです。
「ちゃんとやれ」と叱るほど逃げたくなる

最初からきちんとやれって何回も言うてるやろ!

分かってます…分かってるんですけど…。

分かっていても、当事者になるとできないんですよ。
先延ばしは今の嫌な気分から逃げる動き
先延ばしは、時間の使い方が下手だから起きるのではありません。
心理学者のフシア・シロワとティモシー・ピキルは、先延ばしを「今の嫌な気分を早く直そうとする動き」と深く結びついたものとして説明しています。
そして、その結果を背負うのは主に未来の自分だ、とも書いています。
記録を書くのが面倒、思い出すのがしんどい、書いたら怒られるかもしれない。
その嫌な気分から今だけ逃げるために、記録を明日の自分に投げているのです。
ここに「ちゃんとやれ!」と叱る声が重なると、どうなるでしょうか。
記録のことを思い出すたびに嫌な気分がもう1つ増えます。逃げたい気持ちがさらに強くなる、と私は考えています。
人を過大評価しない方が教育はうまくいく
では、どう向き合えばいいのか。
私はまず、「そういう人がいる」と理解して、受け入れることから始めます。
人間を過大評価しない方が教育はうまくいきます。
分かっていてもできない。言われていても当事者になると目の前に反応してしまう。それが人だという前提に立つのです。
これは、相手を馬鹿にするためではありません。
私自身、外から見れば分かることを、当事者になるとできていなかったからです。
だから間違う前提で仕組みを作ります。
後から周りがミスの手当てをするより、最初から間違えにくいやり方を作った方が周りへの迷惑は結果的に小さくなります。
記録なら、たとえば次のような形です。
- 書く量を減らす
=その場で書くのは「いつ・どこで・何が」の3つだけ - 書くときを決める
=「明日」ではなく「手当てが終わったら、その場で」 - 書く所を近くに置く
=作業場から離れた所に戻らないと書けない形にしない
「これ明日誰が書くと思う?」と聞く
叱る代わりに、私は問いかけます。
「これ、明日誰が書くと思う?」
答えは「自分」です。本人も分かっています。
それでも口に出してもらうと、明日の自分が「他人みたいなもの」から少しだけ自分に近づきます。
そこで、もう一歩だけ聞きます。
「1週間後の自分は、今日のこと覚えてると思う?」
責めるための問いではありません。明日の自分に何を渡すのか、本人に見てもらうための問いです。





根本の手当ては見えないから言葉にして見せる

ちゃんと書いても、誰も見てくれないじゃないですか。

そのとおりです。だから見る側が言葉にします。
比べられないものは評価されにくい
ここは、ツン太の言うとおりです。
根本の手当てや記録は、やってもやらなくてもその日のうちには差が見えません。
やった結果は「何も起きなかった」なので、比べようがないからです。
比べられないので、やっても誰からも「良くなった」と言われにくいのです。
評価がそこまで届かない職場では、全体のための動きは個人としてはやりにくくなります。
その場の手当てで目の前を回した人は「助かった!」と言われます。
でも根本の手当てや記録をした人は、何も言われません。これでは、その場しのぎの方が得に見えて当然です。
「あのとき踏ん張ったから今がある」と言う
だから見る側が言葉にします。
「あのとき記録を残してくれてなかったら、今回の原因は分からんかったな」
こう言える上司が近くにいれば、みんな踏ん張れます。
根本の手当ては何も起きないという形でしか結果が出ません。その「何も起きなかった」を見る側が拾って言葉にする。
それが明日の自分のために今動いた人への、いちばんの返し方だと私は考えています。
後で払うのは本人だけではない

困るのは本人やろ。放っといたらええねん!

払うのは本人だけではありません。
未来の自分を軽く扱う人は他人の時間も軽く扱う
先送りは、本人だけの問題では終わりません。
未来の自分を軽く扱う人は、他人の時間や期待も自然には大切に扱いにくいのです。
記録を明日に回すと、その記録を待っている後の工程や次の班、夜勤の人の時間も一緒に後ろへずれていきます。
そして未来の自分や他人に面倒を押しつける癖は、周りからも同じ扱いを受ける元になります。
反対に先に整えて渡す人は、感謝や信頼を返されやすくなります。
人は未来の自分に他人と同じだけ押しつける
こんな実験があります。
心理学者のエミリー・プロニンたちは、醤油とケチャップを混ぜたまずい飲み物を飲んでもらう実験をしました。
「今すぐ自分が飲む」量を決めるときは、小さじ2杯ほど。
ところが「次の学期の自分が飲む」量を決めるときは、半カップまで増えました。
未来の自分には、他人に頼むときと同じような気軽さで嫌なことを押しつけてしまうのです。

だからこそ、「後で払うのは誰か」を見せる意味があります。
払うのは顔の見えない未来の自分だけではなく、明日の自分と後の工程の人です。
誰が払うかは責めるためではない
ここで気をつけたいことがあります。
「誰が払うか」を見せるのは、犯人を探して責めるためではありません。
見えていない未来の請求書を今ここで見えるようにするためです。
責めると、人は隠します。見えるようにすると、人は選び直せます。
私の原則:叱る前に後で誰が払うかを見せる
その場しのぎで済ませる人は、怠けているのではありません。
今の自分しか自分と感じられず、明日の自分に仕事を投げているのです。
だから私は、こう決めています。
- その場の手当ては止めない
=始末の担当といつやるかを決める - 叱る前に聞く
=「これ、明日誰が書くと思う?」 - 踏ん張った人に言葉で返す
=「あのとき踏ん張ったから今がある」
3つの問いで自分の渡し方を確かめる
明日の現場で、次の3つに○か×を付けてみてください。
| 番号 | 問い | ○か× |
|---|---|---|
| 1 | その場の手当てで終わったとき、根本の始末を誰がいつやるか決めたか | |
| 2 | 「ちゃんとやれ」と言う代わりに、後で誰が払うかを見せたか | |
| 3 | 根本の手当てや記録をした人に、言葉で返したか |
×が付いた所が、明日から変えられる所です。
明日の自分を自分と感じられないのは、その人だけではありません。私たちも同じです。
だからこそ、今日の自分が明日の自分に何を渡すのかを、一緒に見える形にしていきましょう。
同じ「思考の癖」のシリーズで、教えた答えがあるのに自分のやり方を探してしまう人の話を「なぜ新人は教えた通りにやらないのか?もっといい方法を探す人に現場で理由を渡す方法」で書いています。

