何度説明しても「自分のやり方が正しい」と譲らないベテランや同僚。指導する立場として、正しさの主張に付き合う毎日に疲弊していませんか。
「頑固な性格だから」と片付けたくなりますが、実は性格の問題ではない可能性が高いです。人は誰でも、一度選んだやり方を後から正しいと思い込むものであり、私も例外ではありません。
この記事では、「溶接のトーチの回し方」で意見が割れた実例や「選んでいない写真の理由まで話してしまう実験」を交え、正しさで言い合うとかみ合わない理由と、教える標準を「理由を言えるか」で決める方法を解説します。
トーチの回し方で、同僚と意見が割れた
溶接作業において、「トーチをどっち回りに回していくか」で同僚と意見が分かれたことがあります。
私の考えは、左斜め上に登るなら反時計回り、右斜め上に登るなら時計回りです。アークを素材にしっかり届けて、溶け込ませるイメージを持っています。
一方、同僚は自分のやり方を強く主張しました。なぜその回し方を選んだのか理由を聞いても、返ってくるのは感覚的なものばかりです。
正直なところ、仕上がりの結果がきれいなら、どちらのやり方でも構いません。私が知りたかったのは、「なぜそちらの回し方を選んだのか」という理由だけでした。
それでも同僚は、あらゆる理由を持ち出して、自分のやり方の正しさを主張し続けたのです。
「自分が正しくない選択を無意識にしているとは、誰も思いたくないわけなんですよね」
人は、選んだ後から理由を作る
2005年、スウェーデンの大学でこんな実験がありました。
被験者に2枚の顔写真を見せて、好みの方を選んでもらいます。その後、手品の要領で「選ばなかった方の写真」を渡します。
この写真のすり替えにその場で気づかれたのは、354回のうち46回。約13%でした。
すり替えに気づかなかった人は、渡された写真を見ながら堂々と「選んだ理由」を話し始めました。本当は、自分が選んでいない方の写真であるにもかかわらず、です。

しかも、一度も気づかなかった人の84%は、実験の後に「すり替えられたら自分は気づくと思う」と答えています。
これは顔の好みを調べた実験で、仕事のやり方で確かめたものではありません。ここで言えるのは、人は選んだものに対して後から理由をつけられるということ。そして、それに自分では気づきにくい、というところまでです。
また別の研究では、選んだ方を良く思い出すという偏りは、「自分で選んだとき」にだけ現れ、他人に割り当てられたときには出ませんでした。
参考:Failure to Detect Mismatches Between Intention and Outcome in a Simple Decision Task(Science)/Remembering chosen and assigned options(Memory & Cognition)
正しさで勝とうとするほど、話はかみ合わない
現場で「どちらのやり方が正しいか」という勝負に持ち込むと、相手は負けないための理由を探し始めます。先ほどのトーチの話で私が見たのも、まさにそれでした。
これは、相手が特別に頑固だからではありません。私が同じ立場だったとしても、同じことをします。
あなたが相手を「こだわる人」だと思っているように、相手から見れば、こだわっているのはあなたの方なのです。

現場のベテランに対してやり方を直接指摘したときも、全く同じことが起きます。
参考=ベテランを変えるな、役割を変えろ!教え方が下手な人を動かす設計
「どっちでもいい」を放っておくと、新人が迷う
仕上がりがきれいなら、どっちでもいい。ベテランの職人同士であれば、それで済む話です。
しかし、現場で本当に困るのは、それを新人に教えるときです。
ある先輩からは「時計回り」と教わり、別の先輩からは「反時計回り」と指導される。これでは、新人はどちらを信じていいのか分かりません。
結局のところ、新人は一番最初に聞いたやり方を「正しい」と思い込んで覚えます。その基準が、「たまたま誰から最初に教わったか」で決まってしまうのです。

「どっちでもいいからできないようなことは、ちゃんとした理由を作った方がいい」
現場が困っている本当の原因は、やり方にこだわる人の性格ではありません。どちらを選ぶべきか、誰もが明確に理由を説明できる「標準」が現場に無いことなのです。
個人のやり方と、教える標準を分ける
私は、同僚のやり方について、同僚自身が使う分には否定しませんでした。「あえて言うなら」で選んだ感覚的なやり方であっても、本人がそれでうまくいくのなら、それでいいからです。
ただ、「現場で教えるための標準」となれば話は別です。教える立場にある以上、誰にでも伝わるようにやり方をパターン化しなければなりません。
標準となるやり方を選ぶとき、私が見たのは「左右で同じ理屈が通るかどうか」です。左斜め上に登るときと、右斜め上に登るときで、トーチの動きがきれいに鏡写しになっているかどうかに着目しました。

同僚のやり方は、左へ登る時も右へ登る時も「時計回り」でした。登る方向は左右で鏡写しになるのに、トーチを回す向きは同じ。これでは「なぜそれでいいのか」という説明がつきません。納得できる理由が出てこなかったため、同僚のやり方は教える標準には採用しませんでした。
これは、どちらの回し方が溶接技術として優れているか、という話ではありません。溶接の姿勢や継手が変われば、当然答えも変わります。
標準として採用する決め手にしたのは、「1つの理屈で、左右の両方を論理的に説明できるかどうか」です。明確に説明できるやり方は、そのまま新人へ教えられる再現性のあるパターンになります。
理由が言えるなら、相手のやり方を採る
ここまで書くと、単に声の大きい人のやり方を、別のやり方で無理やり上書きしているだけに見えるはずです。
だからこそ私は、相手のやり方に合理的な根拠があるなら、迷わずそちらを採ると決めています。私自身の考えが間違っている可能性もあるからです。
現場で比べるべきは、「どちらが正しいか」ではありません。「どちらが、そのやり方を選んだ理由を明確に言えるか」です。
明日やること:人によって違う作業を1つ選ぶ
あなたの現場にも、担当者によってやり方がバラバラになっている作業が必ずあるはずです。
まずはその中から作業を1つ選び、それぞれの担当者に「なぜそうするのか」まで深く聞いてみてください。
明確に理由が言える方のやり方を、新人に教えるための「標準」として採用します。もし、どちらの担当者も理由を説明できないのであれば、現場の標準となる合理的な理由を一緒に作るところから始めます。

自分のやり方にこだわる人は、決して性格が頑固なわけではありません。自分が無意識に選んだ理由を、客観的な言葉にする場がこれまで無かっただけなのです。
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