技術が高いベテランほど、若手を迷わせる!
きつい言い方ですが、現場で何度も見てきた連鎖です。
技術トップに教育担当を任せるほど、若手は会社の標準ではなく、その人の自己流を覚えていく。
これは、ベテランが悪いという話ではありません。
なぜなら本人にとっての「普通」が、若手にとっては「離(り)」だからです。
守破離(しゅはり)で言えば、ベテランは長年の経験で「離(り)」、つまり基本を踏まえて自分なりに崩している段階にいます。

一方の若手に必要なのは「守(しゅ)」、つまり標準・NG例・順番。
「離」を渡されると、若手は何を覚えればよいか分からなくなる…。
教育担当者を選ぶときに本当に見るべきは、「うまさ」ではなく「守を渡せるか」です。
OJTはやっているのに、育て方で詰まっている
OJTをしていない会社だけが、人材育成で困っているわけではありません。
厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」では、正社員に対して計画的なOJTを実施した事業所は 61.1% です。一方で、能力開発や人材育成に何らかの問題がある事業所は 79.9% あります。
つまり、OJTは行われている。それでも、人材育成の問題は残っている。
その詰まりの一つが、教える人の選び方です。
現場では、技術が高い人が教育担当者に選ばれやすい。
できない人に教えてもらうより、できる人に教えてもらう方がよさそうに見えるからです。
ただ、技術が高い人ほど、自分がなぜできるのかを説明しにくいことがあります。
本人にとっては、見る場所も、手の動かし方も、危ないポイントも、体に入っている。
だから「見たら分かる」「やってみたら分かる」になりやすい。
でも、若手にはまだその前提がありません。
- 何を見ればいいのか分からない
- 何と比べればいいのか分からない
- どこからがNGか分からない
- 質問する基準も分からない
この状態で、できる人の「普通」をそのまま渡されると、若手は覚える前に迷います。
教える人の仕事は、自分の技を見せることではない
OJT担当者の役割は、自分の技術を見せることではありません。
もちろん、技術力は必要です。
作業の基本を理解していない人が、安全や品質を教えるのは難しい。
ただ、教育担当者の第一条件は「一番うまいこと」ではありません。
教える人の仕事は、相手を会社が求める状態へ導くことです。
そのためには、若手に次のような材料を渡す必要があります。
- 何を先に覚えるのか
- どこを見ればよいのか
- どこからがNGなのか
- 失敗したときに何を確認するのか
- できたかどうかを誰がどう見るのか
ここまで渡せる人が、教育担当者に向いています。
仕事ができる人と、導ける人は違います。
できる人は、自分の中に答えを持っています。
導ける人は、相手が答えに近づけるように、材料を並べられます。
この違いを見ずに「技術が高いから」で選ぶと、OJTは個人の感覚に寄ります。その結果、若手は会社の標準ではなく、その人のやり方を覚えることになります。
技術力だけで選ぶと、自己流がそのまま伝わる
経験を積んだ人ほど、自分なりの型を持っています。
それ自体は悪いことではありません。
長く仕事をしてきたからこそ身についた工夫や感覚があるからです。
問題は、その自己流を新人にそのまま渡してしまうことです。
たとえば溶接でも、ベテランは自分なりのやり方でうまく調整していることがあります。
突き出し長さ、角度、電気設定、手の動かし方。
本人の経験と感覚があるから成立している。
でも、それは守破離でいうと「離」に近い状態です。
基本を押さえたうえで、自分なりに崩している。
長年の経験があるから、少し外しても戻せる。
若手に必要なのは、まず「守」です。
- 標準はどれか
- NGはどれか
- 何を見ればズレに気づけるのか
- どこまでできれば次へ進んでよいのか
ここを飛ばして、いきなりベテランの「離」を真似させると、若手は混乱します。
しかも、教える側は悪気なく言います。
「俺はこれでやってきた」
「この方が早い」
「慣れたら分かる」。
その言葉自体は、本人の中では本当です。ただし、若手の入口としては難しすぎる。
OJTで必要なのは、ベテランの技を否定することではありません。その技がどの段階のものなのかを分けることです。
「あなたのやり方は高度な応用です。新人には、まず基本を教えてください」。
この整理ができると、ベテランを責めずに教育の向きを変えられます。
教育担当者を選ぶ前に、会社が決めること
教える人の問題に見えて、実は会社側が決めていないことも多いです。
「新人を見ておいて」
「一通り教えておいて」
「早くできるようにしておいて」
これだけでは、教育担当者は何を渡せばよいか分かりません。
JILPTの資料シリーズ「製造業におけるOJTを効果的に推進する要因」でも、人材育成上の課題として、指導者がいないことや、指導方法が分からないことが扱われています。
人がいないだけではない。教え方が決まっていないことも、OJTを詰まらせます。
OJT担当者を選ぶ前に、会社が先に決めることがあります。
| 会社が決めること | 現場で起きる変化 |
|---|---|
| 目指す作業者像 | 教える方向が揃う |
| 標準・NG例 | 自己流の押し付けが減る |
| 教える順番 | 新人が迷いにくくなる |
| 確認方法 | できたつもりを防げる |
| 教育担当者の役割 | 善意任せになりにくい |
この表の中で最初に見るべきなのは、目指す作業者像です。
会社は、若手にどうなってほしいのか。
- 安全に作業できる人なのか
- 品質の基準を説明できる人なのか
- 後工程まで考えられる人なのか
- 分からないことを確認できる人なのか
ここが曖昧なままでは、教える人は自分の価値観で教えます。
- ある人は速さを重視する
- ある人は仕上がりを重視する
- ある人は失敗しながら覚えろと言う
- ある人は先に全部説明する
どれが正しいかではなく、会社として何を育てたいのかが決まっていない。
だからOJTが人によって変わります。
教育担当者を選ぶ前に、まず会社側が「何を教えてほしいのか」を言葉にする。
そこから始める必要があります。
教える人を選ぶときに見る5つの項目
技術力を見なくてよい、という話ではありません。
技術力に加えて、次の5つを見るということです。
| 見る項目 | 技術力だけで選んだ場合 | 教育担当者として見る場合 |
|---|---|---|
| 基本 | 自分のやり方を教える | 標準とNG例を渡せる |
| 現在地 | できない理由を本人に寄せる | どこで止まっているかを見る |
| 順番 | いきなり応用を求める | 守から順に渡す |
| 会社の定義 | 自分の美学で教える | 会社が求める状態へ導く |
| 更新力 | 過去のやり方を守る | 教え方を見直せる |
表で見ると、技術そのものよりも「技術をどう渡すか」が問われていることが分かります。
1. 基本を渡せるか
まず見るのは、基本を渡せるかです。
- 自分のやり方ではなく、標準を説明できるか
- 良い例だけでなく、NG例も見せられるか
ここが弱い人に任せると、若手は「その人のやり方」を正解として覚えます。
2. 相手の現在地を見られるか
若手ができないときに、本人の能力ややる気だけで片づけない。
- どこで止まっているのか
- 何が見えていないのか
- どの材料を渡せば動けるのか
そこを見られる人は、教える順番を変えられます。
3. 順番を設計できるか
できる人は、つい自分が今やっている完成形から教えたくなります。
でも、若手にはまだ土台がありません。
- 守から始めるのか
- どこまでできたら次へ進めるのか
- どの失敗を先に見せるのか
ここを設計できる人は、若手を迷わせにくくなります。
4. 会社の定義に合わせられるか
教育担当者は、自分の美学だけで教える人ではありません。
会社が求める品質、安全、納期、後工程への配慮。
そこへ若手を導けるかを見る必要があります。
会社側の定義が曖昧な場合は、教育担当者を責める前に、会社が基準を言葉にするところから始めます。
5. 自分を更新できるか
最後は、自分を更新できるかです。
新しい教材や若手のつまずきを見たときに、「自分の教え方を変えよう」と思える人は、教育担当者として伸びます。
逆に、過去の成功体験だけで教え続ける人は、本人の技術が高くても若手に届かないことがあります。
JILPTの技能継承に関する調査では、技能継承がうまくいっている理由として、計画的OJTが59.5%、指導者と指導を受ける側のコミュニケーションが39.0%とされています。
一方で、技能継承の指導者に対して「教える」ことに関する訓練を実施している企業は13.5%です。
教える人を選ぶだけでは足りません。教える人を育てる仕組みも必要です。
教える人は、選んで終わりではなく育てる
OJT担当者は、任命して終わりではありません。
「あなたは教える係です」
「新人をお願いします」
これだけでは、結局その人の経験に任せることになります。
教える人にも、材料が必要です。
- 教える範囲
- 教える順番
- 標準とNG例
- 確認する項目
- 困ったときに戻る場所
- 若手への声かけの方針
これを渡さないまま任せると、教育担当者は自分のやり方で進めるしかありません。
ベテランを変えたいときも、正面から否定するだけではうまくいきにくいです。
「そのやり方は違います」
「今の教え方ではダメです」
こう言われると、相手は自分の過去を否定されたように感じます。
長くやってきた人ほど、反発も出やすい。
だから、役割の中で気づける形にする。
- あらかじめ設計した教育カリキュラムを渡す
- 若手にはまず基本が必要だと伝える
- 成功例と失敗例を見せる
- 標準とNG例を一緒に確認する
すると、ベテラン自身も気づくことがあります。
「自分はここを感覚でやっていた」
「新人にはこの前提がない」
「いきなり自分のやり方を渡すのは早い」
教える人を育てるというのは、教え方を押し付けることではありません。
自分の技術を、若手に届く形へ変換できるようにすることです。
海外の安全衛生分野でも、インストラクターの適格性は経験だけでなく、教える訓練や指導能力の評価、継続的な更新とセットで扱われます。
日本の製造現場でも、考え方は同じです。
できる人を探すだけではなく、教えられる人へ育てる。ここまで含めて、OJT担当者の選定です。
まず次の教育担当者候補を5項目で見直す
OJT担当者を技術力で選ぶこと自体が悪いわけではありません。
技術力は必要です。
ただし、それだけで選ぶと、若手は会社の標準ではなく、その人の自己流を覚えることがあります。
次に教育担当者を選ぶときは、候補者を次の5項目で見直してみてください。
- 基本を渡せるか
- 相手の現在地を見られるか
- 順番を設計できるか
- 会社の定義に合わせられるか
- 自分を更新できるか
全部そろった人を探す必要はありません。
足りないものがあるなら、会社側が材料を渡せばいい。
- 標準を作る
- NG例を見せる
- 教える順番を決める
- チェック項目を用意する
教育担当者を選ぶことは、人を選別することではありません。若手が育つように、教える人が教えやすい状態を作ることです!
まずは、任せる前に何を決めるべきかを確認する。
若手が育つ教育設計チェックシートでは、OJTや新人教育で先に決めるべき項目を整理できます。
教育担当者を誰にするかで迷っている場合も、まず「会社側が何を渡せているか」から見直してみてください。
FAQ
技術力が低い人を教育担当にしてもよいという意味ですか
そうではありません。
現場で教える以上、作業の基本、安全、品質を理解していることは必要です。ただし、教育担当者の第一条件を「一番うまいこと」だけにしないという話です。
標準を理解し、相手の現在地に合わせて教えられる力も見てください。
一番うまいベテランに教えてもらうのは間違いですか
間違いではありません。
むしろ、技術の高い人から学べることは多いです。
ただし、その人の自己流をそのまま新人に渡さないことが大切です。
会社が決めた基本、順番、判断基準を渡してもらう形にすると、ベテランの技術を若手に届く形へ変えやすくなります。
教える人に向いているかは、どう見ればよいですか
相手の現在地を見られるかを見てください。
若手ができないときに、本人の能力ややる気だけで片づけない。
どこで止まっているのか、何が見えていないのか、どの材料を渡せば動けるのかを考えられる人は、教育担当者に向いています。
すでに自己流で教えているベテランにはどう関わればよいですか
正面から否定しないことです。
「そのやり方は違う」と言うより、守破離で整理した方が伝わりやすい。
「あなたのやり方は高度な応用です。新人には、まず基本が必要です」。
そう伝えたうえで、標準、NG例、教える順番を渡す。
ベテランの経験を否定せず、若手に届く形へ変換してもらうことが大切です。